乙女ゲームに転生した華族令嬢は没落を回避し、サポートキャラを攻略したい!
 ひとりの世界に浸っていた絃乃は、びくりと肩を揺らした。

(誰もいないと思っていたのに……っ!?)

 花に話しかけている女など、せいぜい罵倒されるのが関の山だ。しかし、周りを見渡しても声の主は見当たらない。空耳でないとすれば、一体どこから。
 悶々と考えていると、一番考えたくない可能性にたどり着いた。

「……ごっ、ごめんなさい! わわわ、私っ、幽霊さんとはお話しできません! 話し相手ならよそを当たってください!」

 姿が見えない声といえば幽霊しかいない。そう結論づけた絃乃は背筋を震わしながらも、できるだけ丁重に退場を願い出た。だが、声は尚も聞こえてきた。

「あのう」
「ひぃ! やだやだ、末永く成仏してぇぇ!」

 固く目をつぶり、再びしゃがみこむ。両手をすり合わせ、念仏を唱え始める。

「ご期待に添えずに申し訳ないのですが、幽霊ではありませんよ」
「……え?」

 幽霊からの思わぬ否定に、驚いて瞼を持ち上げた。
 土手に寝そべっていた男はむくりと体を起こし、下駄を鳴らしながら絃乃の前に立つ。

「ほら、足もちゃんと地面に着いていますし。何より、まだ人の往来が多い時間帯です」

 落ち着いた声音に、着流した井桁絣(いげたがすり)の足元をまじまじと見つめる。

(見たところ、浮いてる様子もない……。ということは)

 こわごわと視線を上へ移動すると、若い男と目が合う。
 優しげな双眸が印象的だった。男は安心させるためか、おどけて笑ってみせる。
 どうやら悪い人ではないらしい。けれど、心配性の絃乃は懐疑の目を向けた。

「で、では。現世に未練があって化けてきた人ではないのですか……?」
「違いますよ。生身の体ですし、今この瞬間もしっかりと生きています」

 断言する声を耳にし、強張っていた体からふっと力が抜ける。
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