桃色溺愛婚 〜強面御曹司は強情妻を溺愛し過ぎて止まらない〜


「悲しかった……? いったいどうして」

 まだ完全に記憶の戻っていない私には、郁人(いくと)君の言っている言葉の意味が分からない。今さら彼が私を攫って何がしたいのかも。

「あの日の二人の約束も杏凛(あんり)ちゃんは全部忘れてしまって、鏡谷(かがみや) 匡介(きょうすけ)なんかと結婚しちゃうんだもん。でも思い出したら君は僕のところに戻ってきてくれるでしょ?」

「戻るって郁人君は何を言っているの? 私はもともと郁人君のものなんかじゃ……」

 私は誰のものでもない、あの事件のあった時だってそうだったはず。でももしそうではなくなるような事が、私と郁人君の間で起こっていたとしたら?
 バックミラーに映る郁人君の口元が歪んだ笑みを浮かべているのに気付いた。

「まだ思い出してないんだね? いいよ、今度は時間はたっぷりある。杏凛ちゃんが思い出してくれるまで僕は待つよ」

 たっぷり時間があるとはどういう意味かとは聞けなかった。自信ありげに郁人君がそう言うという事は、私は彼から簡単には逃げられないのだろう。
 大人しくて真面目な郁人君なら、これも計画していた事なのかもしれない。私は簡単に彼に捕まってしまって……

 先に帰した寧々(ねね)は何か気付いてくれただろうか? 匡介さんや両親に何か伝えてくれることを祈りながら、ただ静かに目的地まで車に揺られていた。


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