彼と彼女の取り違えられた人生と結婚

 なんで泣いているの?
 そう思って樹里だが、何故か柊の涙を見ると胸がキュンとなり目が潤んできた…。

「愛しているなんて、言ってはいけないと思ていました。だから…ずっと黙っていました。でも…言わない事が、苦しくなりました。…ごめんなさい…」
「どうして謝るのですか? なにも、悪い事なんてしていないじゃないですか」

「それじゃあ、許してくれますか? 俺が、樹里さんを愛する事を」

 許すも何も…
 
 ふわりと温かいぬくもりが樹里を包みこんできた。

 一瞬何が起こったのか判らなかった樹里だが、ギュッと逞しい体に包み込まれているのを感じた。
 
「許して下さい。樹里さんを、愛する事を。…俺が護りますから。…ずっと、樹里さんの傍で護ってゆきますから…」

 それは…お金の為に言っている事?
 そう聞きたかった樹里だったが、言葉にならなかった。

「樹里さんが来てくれた時、俺はずっと自分を責めていました。信頼していた人に裏切られるのは、自分が見る目がなかったからなんだと。ずっと、代々のご先祖様が守ってきた会社を俺が潰してしまうなんて最低だと…。自分を責めて…生きている事が罪なんだと思って、どうやったら死ねるのかと。そんな事ばかり考えていました」

 トクン…トクン…。
 抱きしめられている柊から、鼓動が伝わってきた。
 その鼓動はとても優しくて、まるで小さな頃の母親に抱っこされていた頃を思い出すような感覚が伝わって来る。

「樹里さんを見て…生きていたいと思いました。...」

 私を見て? 何故?
 柊の腕の中で、樹里はチラッと視線を上げた。

「ずっと…俺は、あの人に恋をしていると思っていました。でも違っていたんだと、樹里さんを見て気づきました。…樹里さんを見た時、胸の奥からキュンと込みあがってくるものを感じました。愛しくてたまらなくなって、こんな俺でも結婚してもらえるのかとちょっと不安でした。樹里さんが、家に来てくれて一緒に暮らすようになって。毎日家に帰る事が楽しくなりました。作ってくれるご飯も、とても美味しくて。…身の丈が違うのは承知しています。…でも、樹里さんを好きでいたさせて下さい。この先ずっと、愛していたいのです」

 
 こんなに深い情を持った人、初めて…。
 本当にあの人の子供なの?

 母に酷い事をしたあの人の子供とは思えない…。

 ギュッと樹里は柊にしがみついた。

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