暁のオイディプス
 「いけません、そのような」


 姫は侍女に、父である土岐の御屋形様の着物を持ってくるように命じていた。


 「御屋形様の御召し物をお借りするなど、そんな恐れ多いことできるわけがありません。このままで大丈夫です」


 「そのように濡れたままで、帰るわけにもいくまい。それこそ病で寝込んでしまうのでは」


 姫は私の遠慮など意に介さない。


 「どうしてもと申されるのなら、召使の誰かのものにしてください。御屋形様の御召し物だけは……」


 「父は余るほど着物を持っているが、召使はそんなに何枚も余裕がない。だから父のを貸すと申している」


 「……」


 結局、半ば強引に御屋形様の着替えさせられた。


 「高政どのは父よりだいぶ背が高いので、少し窮屈かもしれぬが、稲葉山の城へ戻るまでの辛抱だ」


 「本当に申し訳ありません」


 「申し訳ないと思うのなら、近々返しに来ればいい」


 「えっ」


 「……いつでも待っている」


 ……それは、また会いに来ていいとの姫からの意思表示なのだろうか。


 いい方にとらえつつ、私は帰路についた。
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