花筏に沈む恋とぬいぐるみ




 店内に入った男はどこからハンガーを持ってきてくれ、窓際に洋服をかけてくれる。けれど、そこからぽたぽたと水が落ちていく。これでは乾くまでに何時間かかるのだろうか。花は、心配になりつつもそれを考えないようにした。
 男が貸してくれたのは、ロング丈の黒のTシャツに、ダボッとしたジャージ素材のズボンだった。男も細見と言えど、花には彼の洋服は大きかった。首元も大きくあいているせいで、肩から洋服が落ちそうになる。そのたびに、服を元に位置に戻し、またずるずると落ちる、の繰り返しだった。


 「はい、どうぞ。お風呂上がりだから、アイスティーにしてみたんだけど、大丈夫かな?」
 「……ありがとう、ございます」


 花はそれを断らずに貰い、口に入れる。すると、アッサムティーの香りが鼻奥まで届き、口の中には甘味を感じる。ほんのりとした甘さがある。きっと砂糖が入っているのだろうが、甘すぎず紅茶の味を邪魔しない分量であり、とてもおいしかった。喉が渇いていたこともあるが、あまりのおいしさに花はゴクゴクとあっという間に飲み干してしまった。その様子を見て、男は「お口にあったみたいでよかった」と、花のコップにまたおかわりを注いでくれた。

 「今日は本当にありがとう。君みたいな大切なものだったから本当に助かったよ。本当にお礼をさせてほしい」
 「それは、大丈夫です」
 「じゃあ、俺が勝手に作ろうかな」
 「………」
 「でも、その前に君の話を聞かせて欲しい。君は、この『花浜匙』に用事があった。そうだよね?用件を聞かせてくれないかな、お客様。いや、恩人様」

 

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