花筏に沈む恋とぬいぐるみ




 父親の気持ち、そして真実を知ったとしても花が辛い思いをした事には変わりはない。
 すぐに許す事などできない。

 けれど、同じように子どもの頃からの父親の記憶が消えるわけでもない。
 笑顔で「おはよう」と挨拶してくれる。体調を崩せばすぐに会社から帰ってきて、袋いっぱいの果物を買ってきてくれてお母様と笑った事もある。忙しい時期に夜中まで仕事をこなして時間を作り、旅行に行ってくれた事もあった。そして学校行事には必ずといっていいほど姿を見せてくれた。
 大好きで大切で、花にとって自慢の父親だった。

 その気持ちも変わらない。好きだった気持ちが嫌いになる時こそ辛い事はないのだと、花は最近になって初めて知った。そんな悲しさも辛さも怒りもぶつける相手がいなかった。



 「お父様なんて大っ嫌いよ。どうして、どうして私を一人にしたの?ごめんも言わないでいなくならないでよ」
 「………花」
 「じゃないと、許す事だって出来ないじゃないッ!」


 花は涙を流す父親を見て、初めて自分の本当の気持ちに気付いた。

 父親を嫌いになったわけでも、憎んでいたわけでもなかったのだ。
 「許したかった」のだ、と。





 
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