販売員だって恋します
返す言葉はない。
由佳は廊下の壁に身体を押されて、大藤は両手を壁についている。
顔はもう、触れそうなくらいに近い距離だ。

「今から、10数えてあげます。その間はこの距離を保ちますよ。私はあなたに触れない。けど、カウント後もあなたがそこにいたら……どうなるかは身をもって知ったらいいです」

彼の背が高いから、すっぽりと腕の中に収まりそうなのに、壁に手をついて微妙な距離が保たれたまま、耳元を低い声がくすぐる。

「じゅう……きゅう、はち……なな……」
その声に耳をくすぐられて、由佳は背中辺りがぞくん、とする。

こえが……漏れそう……。
由佳はぎゅっと目を瞑った。
「ろく、ご……」

どんどんカウントが進んでいくにつれて、自分の心臓のばくばく言う音が、大きくなる。

怖いのか期待しているのか、引き返したいのか、このまま攫われてしまいたいのか、自分の気持ちが分からない。
「よん……さん……」

くすっと耳元で笑う声。
「いいんですか?カウントは、あと2つ、ですよ?」

どうしよう……どうしたら……

「に……いち、アウトです。もう逃がしませんよ」
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