憧れの陛下との新婚初夜に、王弟がやってきた!?
ジェイドの牽制が効いたのか、はたまた彼らがやり方を変えたのか、それからしばらくの間はベルベルト侯爵親子からのアクションは何も起こらなかった。もしかしたら妹君であるチェルシー王太子妃から何か有るのかと、警戒もしていたのだが、それもどうやらない様で、…若干肩透かしを食らいながらも、平和にユーリ様の休養期間が迎えられそうであることに、私達はほっとし始めていた。
しかし今度は全く別の方面で大きな騒ぎがやって来ようとは思いもしなかったのだ。
それは早朝…。
「何だこりゃあ!!」
朝食のために身なりを整えてリビングに向かうと、届いたばかりの新聞をテーブルに置いて覗き込んだままのユーリ様が、寝起きの髪をぐしゃぐしゃとかきむしっているのに遭遇した。
「おはようございます。どうなさいました?」
声をかけて、近づいていけば、瞬時にユーリ様はグシャッとその新聞を自身の胸もとに押しつけて、まるで私に隠すようになさった。そうして、私の方に顔だけを向けると。
「アルマは何かジェイドから聞いてる?」
と謎の問いかけをされた。
ジェイドは今、北東部の国境の視察に出ていて、戻るのはおよそ1週間後だとは聞いている。
しかしそんな事はユーリ様も知っているのだから、そんな事を聞きたいわけではないのだろう。訳もわからず首を傾けた私の反応は彼女の問いへの答えになったらしい。
大袈裟なほどに額に手を当てて、首を振ると新聞を胸に抱えたまま私のもとまで歩いてきて、私の肩を抱く。
「落ち着いてみよう…ちょっと私も整理がつかないけど…一緒に読んで、どういう事か考えよう」
そう言って、私を食事の用意されたテーブルではなくて、ソファの方へ促すと、隣に並んで座ったユーリ様は、意を決した様に胸に抱いたままの新聞を広げた。
新聞の一面、デカデカと書かれた文字が瞬時に目に入る。
『戦争の英雄 ジェラルド第3王子ついにご婚約』
言葉の意味が全然頭に落とし込めない私は、何度かその大きな文字を目で追って、そうしてようやく
「ジェイドが婚約?」
それだけを口にして、その先の内容の方に目を向ける。記事の内容は、先の戦争で英雄的な働きをした国王陛下の信頼厚い弟君で、ご兄弟の中で唯一独身を貫いていたジェラルド第3王子がついに婚約を決められた。お相手は、伯爵家の御令嬢でジェラルド殿下とは付き合いが長く、互いの良いところも悪いところも知り尽くした仲である。戦場から戻られて、結婚したばかりの国王ご夫妻の幸せな姿を見て結婚への意思を固められたそう。数ヶ月前に貴族の邸宅などで開かれた夜会などで頻繁にお姿が目撃されたのは、独身最後の羽伸ばしだったのだろう。先日のアルザバルドの王女との結婚の話をお断りになったのには、彼女の存在があったからであり、国王陛下もお2人の仲を知っておられたため、お庇いになったのではないだろうか?彼の男らしさと凛々しさに熱を上げていた、沢山の貴族令嬢達の悲鳴が聞こえてくるようである。
だいたい内容を纏めるとこんなものである。
相手の素性についてはあまり触れられておらず、とにかくジェイドが婚約するという事実だけが書かれているのだ。しかしそれだって、当事者の私や、本来婚約許可を出す国王であるユーリ様が知らないのだ。
「どう言うことですか?」
首を傾けてユーリ様を見るが、彼女も訳がわからないという顔をしている。
「とにかく…色々確認したいけれど、当の本人が留守だしなぁ」
参ったなぁと頭を抱えるユーリ様は、私をチラリと見ると。
「本当にアルマも何も知らないんだよね?私にももちろんだけど…アルマに言わないでってのは考えられないし…何かあるのかもしれない」
たしかに…ジェイドがこんな事を黙って発表する訳がないのだ。きっとそれには彼なりの何かが有るには違いないのだが…それが何なのか検討もつかない。しかも彼が留守でいないタイミングをわざわざ選ぶ理由も分からない。
「とにかく、幸いにも、詳しいことは載っていないし。フェイクニュースの可能性もある。他に情報が出てこない限り静観しよう。議会はまぁ煩いかもしれないけれど」
そう言ったユーリ様は流石というか、もう冷静さを取り戻していた。おそらく頭の中は、今日の議会をどう片付けるかにシフトされているだろう。
そんなユーリ様を見ていて、私も少しずつ落ち着いてきたものの、胸は鉛が入っているように重くて、悲しいのか、ショックなのか寂しいのか、よく分からない感情がせめぎ合っていた。以前ユーリ様から。いずれジェイドも結婚を考えねばならないと言われたことはあって、私自身も彼が遠くに行くよりは、それを容認しなければならないだろうとはおもっていた。
しかし、いざそれが現実的になると…。
やはり、そんなのは嫌だという感情が出てきてしまう。
覚悟したはずなのに…。
しかしまだそれ自体が本当なのかフェイクなのかも分からない。とにかくこれ以降何も情報が、出てこなければ、ジェイドの帰りを待ってきちんと彼から説明を聞こう。
そう自身に言い聞かせて、私はユーリ様と朝食の席に着いた。
しかし、そんな私の思いは結局、翌日の朝には打ち砕かれることになった。

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