涙の涸れる日
 翌朝チェックアウトを済ませて荷物を持ちロビーを横切る。

 早く帰りたい。紗耶とゆっくりしたい。


 その時
「高梨課長」
と呼ぶ声。
 何なんだ? 誰だ、ふざけた事を。

振り返ると
「田所主任?」
何故ここに居る?

「おはようございます。高梨課長」
にっこり笑う田所主任。

「どうしてここに居るんだ?」

「高梨課長ファンの榎本さんが教えてくれたの」

「どういうつもりだ」

「だから〜、高梨課長に会いに来たの」

 怒りに震えるとは、こういう事かと初めて思った。
 そのまま相手にせずに通り過ぎようとした。

「いいの? 大声出すわよ」

「大声でも何でも出せば良いだろ」

「冤罪って知ってる? 今ここで痴漢ですって大声出せば高梨課長の人生終わるわよ」

「うっ……。いったい何がしたい?」

「高梨課長。書類をお持ちしました。お部屋で確認お願い致します」



 なぜこうなる? 

 田所主任が取った部屋に……。

「ごめんなさい。こんな事をして……」
ロビーでの脅迫まがいの態度とは違う。

「こんな所迄わざわざ俺を脅迫しに来たのか?」

「本当にごめんなさい」
涙まで流すとは……。演技賞物だな。

 ただ呆れて言葉も出ない。

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