猫かぶりなカップル
「ほら、人ぶつかんぞ」



その言葉通り、あたしの脇をカップルが通り過ぎた。



「あ、ごめん…」

「ったく、気をつけろよ?」

「はい…」

「ゆっくり歩いてゆっくり見ろよ」

「そうします…」



神城があたしから手を離した。



水族館、暗くて良かった…。



絶対今、顔赤い。



不意打ちでそんな急に接近するんだもん…。



なんか神城に負けた気分で悔しい…。



忘れよう。



サンゴ礁ゾーンに来た。



また人とぶつかりそうになったら困るので、横の神城のペースに合わせてゆっくり歩く。



たまに、通りすがりの人に「めちゃくちゃ美男美女じゃない?」「なんかの撮影やってるのかな…」などと噂される。



あたしの中の承認欲求が「もっと噂して!」と騒ぎ立ててるよ…。



神城は全く気にしてなさそうだ。



立ち止まって水槽をじっと眺めたりしてる。



そんな水槽長時間眺めてないで、早く先進みたいけどなあ。



情緒がないのかな、あたし。



「あれ、お前に似てる」



ふと神城がそう言って水槽を一つ指さした。



指の先にはハリセンボン。



ちょっと間抜けな顔をしてるそいつ…。



「ねえ! どこが!」



文句を言うあたしに神城は面白そうに笑ってる。



「普段おとなしそうな振りしといて、そうやって頬膨らませて怒るあたりそっくりだろ」

「むぅ~…」



神城は笑いながらあたしのほっぺを片手で挟んだ。



「ほら、そっくり」



最悪…。



あたしは両手で神城の頭をつかんで、そのままごきっと横に向けた。



「いってえな、何すんだよ」

「じゃああんたはアレに似てる」



目線を向けたのは水族館のショーのポスター。



ぶよぶよしたセイウチがぬぼっとした表情で写真に写ってる。
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