とある企業の恋愛事情 -ある社長令嬢と家庭教師の場合-
 一日かけて退屈なパーティが終わった。

 本堂は足早に会場を出ると、そこで聖と彼女の執事である青葉俊介を見つけた。

 どうやら二人はこれから帰るところらしい。聖の後ろを俊介がついて歩く。

「聖様、もうお帰りになるのですか」

「車を回してきてちょうだい」

「……かしこまりました」

 青葉は早足にロビーから出て行く。

 聖はガラス張りの窓越しに中庭を見ていた。だが、その瞳はあまりにも冷めている。先ほどまで雄弁に会社の未来を語っていたとは思えない表情だ。

「こんなとこで何してるんだ」

 本堂は思わず声をかけていた。車を待っているのだと知っていたが、他に声をかける理由が見当たらなかった。

 聖はすぐに本堂に気付くと、いつもと少し違う笑みを浮かべた。それは家で勉強している時とは違うものだった。

「本堂先生……お疲れ様です。お話、退屈だったでしょう?」

「……お前、顔色悪いんじゃねえのか」

「長いこと座ってたから、疲れたのかもしれません」

 そう答えた聖の横顔は、疲れたというより憔悴しているように見えた。勉強している時の聖はいつも元気だし、たまにからかわれるくらい口も達者だ。

 普段の態度と少し違って、本堂はやや戸惑った。

「あいつは……執事はどこ行ったんだ」

「俊介は今車を回してくれているの。大変よね、こんなお嬢様のお守りなんて。あなたも来月からはそうなるんだけれど……」

「そのことだが、お前は────」

「聖様!」

 青葉の声が響いた。青葉はやや慌て気味に走って来ると、心配げに聖に駆け寄った。

「聖様、大丈夫ですか」

「俊介……どうしたの。そんなに急いで」

「あ、いや……ちょっと心配だったもので。行きましょう、エントランスに車を置いています」

「じゃあね、本堂先生」

 青葉は聖に見えないように本堂を睨みつけると、聖を支えながらロビーから消えた。

 一人取り残された本堂は、そのまま置かれたソファに腰掛けた。先ほどの青葉の様子を思い出し、クッと笑い声を漏らす。

 青葉は自分が聖を口説いていると思って走ってきたのだろう。あからさまに、聖に触るなと言わんばかりに彼女の肩を支えて出て行って────。

「誰があんな女なんか口説くかよ」

 ぼそりと呟く。

 だが、本堂は青葉よりも聖の様子がいつもよりおかしかったことの方が気になった。
 
 顔は笑顔そのものだが、作られている感がして妙だ。
 
 先ほど────いや、今日一日中だろうか。聖はそんな表情のまま用意された席に座って周りに笑顔を向けていた。

 だが、知ったことではない。お嬢様の悩みなんて庶民の悩みに比べたらくだらないものだろう。

 
< 21 / 96 >

この作品をシェア

pagetop