とある企業の恋愛事情 -ある社長令嬢と家庭教師の場合-
 病気がちな麗花を置いて家を出ることに抵抗はあったが、それよりもやらなければならないことがあった。実家にはたまに顔を出す約束をして、悲しそうな顔の麗花を置いて出た。

 麗花には一言も言わなかった。家を出た本当の理由を────。

 藤宮に復讐すると言っても、決して楽な道ではなかった。

 相手はなにせ天下の藤宮グループだ。小市民がどうこうできる相手でないことは分かっていた。

 高校を出たが、すぐには就職せず、藤宮グループについて徹底的に調べることにした。弁護士事務所や清掃会社でバイトをしながら表面的な情報を集めた。

 どう刺せば敵を殺せるか。確実に仕留めるためにはどうすればいいか。延々と考え続けた。知識や知恵はそのために取得した。藤宮グループに一泡吹かせるためなら、どんな苦労もいとわなかった。

 そんなことを知りもせず、数年後本社の社員として採用された時は滑稽で、思わず腹を抱えて笑った。

 写真でしか見たことのない藤宮グループ現当主、藤宮正義を見た時は、憎しみや怒りよりも喜びがあった。その瞬間を長いこと待っていたのだ。

 営業成績で昇進できるならば、どれだけでも業績を上げた。逆に言えば赤字にも出来たが、今それをしても意味がない。

 自分が望んでいるのは、藤宮グループに多大なダメージを与えること。それは現当主の失脚を意味する。出来るならば会社として機能できなくなるまで追い込みたい。

 本堂はしばらくは内部の様子を探って、それから判断することにした。藤宮グループの望む社員を演じきって、そこにたどり着こうと我武者羅になった。

 そんな時に知ったのが、藤宮聖の存在だ。



 藤宮聖は藤宮グループ現当主藤宮正義の一人娘で、次期社長候補と言われていた。

 世襲制にこだわる藤宮家は、親戚は多かったが直系にあたる者が聖しかいないため、後継は彼女に最初から決まっていた。

 よほどのお気に入りなのだろう。正義は当時学生の聖をよく会社に連れてきた。聖に継がせる気満々だということは誰の目から見ても明らかだった。

 本堂は復讐のターゲットに聖を追加した。藤宮聖を潰せば実質藤宮グループは終わる。それが最も効率的だと思った。

 藤宮聖はよく会社に訪れた。仕事を教わっているらしいが、まだ大学生だという。

 直接会ったことはなかったが、来る度会社が騒がしくなるため来ればすぐに分かった。

 聞いた話では相当な我が儘娘らしく、家庭教師を何人も解雇しているという。

 本堂も噂程度に聞いたことがあった。

 聖の家庭教師は定期的に募集される。本社から選ばれた社員しかなれない光栄な役目だ。

 だが、今まで選ばれてきたエリート社員は、ことごとく失敗して出戻りした。彼らは決して馬鹿ではなかった。有名大学を出た、経歴だけならトップクラスの持ち主ばかりだ。

 それの何が気に入らなかったのか、そこまでは分からなかった。ただその噂が、より聖を我が儘なお嬢様に仕立て上げた。

 本社には定期的にある社内メールが回ってくる。聖の家庭教師の募集連絡だ。

 募集要項にはいつも欠員が出たと書かれている。それはすなわち、「失敗者」が出たということだ。

 気に入られなければすぐ辞めさせられると分かっているのに、毎度応募者は多かった。命知らずなのか、それとも昇進意欲があるのか。
 
 藤宮コーポレーションは基本エリートしかいなかったから、自信家の社員達は我先にと誰もが応募した。

 本堂ももちろん何度か応募したが、何度も落とされた。わずか一名の狭き門だ。毎回落とされるのは本堂だけではなかった。

 選ばれた男を一度見たことがあったが、泣いて喜んでいた。泣くほどのことかとも思うが、聖の家庭教師に選ばれたということは、それすなわち正義の目に留まったというと。未来の社長の右腕になれるという大チャンスだ。

 実際そこまでこぎつけたものはいないにしろ、誰もが憧れる地位だ。特に聖は女だから、逆玉の輿を狙う者もいたに違いない。

 本堂も、なんとしてでもそこに入らなければならなかった。失敗するか成功するか。究極の選択だ。もし失敗すれば全てが台なしになる。賭けに出るしかなかった。

 もし、受かれば────この上ない大チャンスだ。
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