竜の末裔と生贄の花嫁〜辺境の城の恋人たち〜

「本当に、『竜』とやらがいるらしいぞ」
「いや、鱗のある人間だと聞いたが」
「どちらにしても、化け物に違いない。そんな気味の悪いものは人間じゃないだろう?」

 いったい、どこから洩れたものか。王宮に、いつのまにかまことしやかな噂が囁かれだした。
 アメリアの義父カレンベルク伯爵のように、断片を知る者もいただろう。先祖が大昔の伝説を記録していた家もあったかもしれない。未だ王家をはじめ多くの貴族たちの後継も定まらず、沢山の死者を出した病の恐怖も薄れていない。

「もしかして、この前の流行り病もそれのせいなんじゃありませんの?」
「気味の悪いこと。いっそ、そんなものは殺してしまえばいいのに」
「その通りですわ。むしろその方が、国も安泰でしょうに、ねえ」

 不安な空気は、不穏な噂を広めるのにふさわしいのかもしれない。確かな情報などないためにかえって想像が膨らみ、たちまち竜が悪の権化のような噂が広まってゆく。国王は一度「人心を惑わす噂」を禁じたが、もはや人の口に蓋をすることはできなかった。
 王家とて、真実が明らかになることは望んでいない。ということは、積極的に事態の収拾に関わりたいものでもない。あまりに年数が経ちすぎて、当の王家自体も認識が甘くなっているのかもしれなかった。

 ――だめだ、もはや自分にどうにかできる状態ではない。

 ギュンター子爵は密かに国王に面談を申し出た。思った通り、国王はできることならこの事態を黙ってやり過ごしたいと考えていた。

「しかし陛下、ことはかなり切迫しております。もし本当に、ヴィルフリート様を連れ帰られたらどうなさいます」

 それは、王家としてはあってはならない事態だ。千年もの間隠し通してきたのだ。王家の権威も信頼も、すべてが地に落ちてしまう。すでに「竜の城」に何者かが現れたと聞き、さすがに国王も顔色を変えた。

 かなり長い時間をかけて話し合い、子爵はどうにか国王の同意を得た。足早に王宮から退出すると、今度は部下を呼ぶ。その夜遅くまで、子爵の執務室から灯りが消えることはなかった。
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