とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
 春の行事が一通り終わった頃、文也と電話している時のことだった。

『そういえばうち、秘書一人入れようと思ってるねん』

「え、秘書ですか?」

 文也の言葉に、美帆は特別驚かなかった。むしろやっとか、ぐらいの気持ちでいた。文也はいつも忙しそうにしているし、秘書の一人ぐらいいいた方がいいのではと常々思っていたのだ。

 文也は仰々しいと言ってそうしなかったが、ついに必要性を感じたのだろう。

『流石に色々一人でやるのがしんどくなってきてな』

「その方がいいと思います。いつも遅くまで仕事してますし、秘書の方がいればきっと楽になると思いますよ」

『まあ、美帆の会社みたいに忙しい秘書じゃないやろうけど……》

「どんな人を雇うんですか?」

『まだ思いついた段階やからなんも考えてないねん。けど、相性いい奴やったらある程度オーケーすると思うわ。もちろん能力も欲しいけど』

 秘書がいれば簡単な業務は代行できるし、文也の仕事も減るはずだ。

 ────けど、秘書って女の人もなるかもしれないよね。

 不意にそんなことを考えてしまう。秘書は男性でも女性でもなれるものだが、文也は一体どんな人を採用するのだろうか。もし女性だったら────。

 だが、そんなこと考えるべきではない。文也は真剣に人手が足りないと思っているのだ。くだらないことを考えたら失礼だ。

『安心してええよ。俺そんな簡単になびかんから。女には厳しい方やねん』

「どの口が言うんですか」

『俺は美帆にしか優しくないねん』

「もう……」

 胸の内に浮かんだ不安はすぐに消えた。文也なら大丈夫だと、安心してそう思えた。考え過ぎはよくない。それに、男が秘書になるかもしれないのだから。
< 109 / 158 >

この作品をシェア

pagetop