とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
 さて、どうするべきだろうか────。

 カヲリを一体どうやって追い払おうか。文也はメニュー表を見ながら静かに画策した。《《かなり》》しつこそうな性格だから普通に追い払ってもまた来るだろう。

 ────そうだ。あの方法なら。

「食うもん決めたら呼ぶで」

「ま、待ってよ。まだ決めてない」

「定食屋で何を悩むことがあるねん」

「こういうのは食べ慣れてないの。もうちょっと考える時間を────」

 美帆はこういう店に入った時決めるのが早かった。好みもなんとなく似ていて、ムードもへったくれもない店に二人で何度も入った。

 あの時は二人で楽しかったのに、どうして今は別の女と食事しているのだろうか。それがなんだか時が立ってしまったことを告げているようで辛い。

 ようやく注文し終わった。文也はお冷を飲み込み、話を切り出した。

「アンタが何考えてても関係ないで。俺好きな奴おるから」

「知ってるわ。でも別れたんでしょ?」

「……!」

 なぜそのことをカヲリが知っているのだろうか。いや、知ろうと思えば可能だ。美帆と付き合っていることは雅彦にも知られていた。調べようと思えば調べられる。

「勘違いしないでよね。調書に載ってただけよ」

「……なんでもええわ。とにかく、俺は結婚なんかせえへん。フリも同じや」

「別れた恋人が好きだから?」

「アンタには関係ないやろ」

「ってことは、フラれたのね。まあ、私達みたいなのと一般層の人間は縁がないのよ。どうせお金目当てに決まってるんだから。そんな人見切りつけて早く別の人にした方が────」

「お前に美帆の何が分かんねん」

 文也は思い切りカヲリを睨みつけると席を立った。ポケットに突っ込んでいた財布から千円札を二枚抜き取ると、押し付けるようにテーブルに置いた。

「最後に言うとくわ。俺は絶対お前なんかと結婚せえへん。親父に会ったらそう言うとけ」

 怒りに任せて店を出た。女性を一人置いて行くなんて男失格だろうか。だが、あれ以上カヲリと話していたら血管が切れそうだった。

 文也は先ほどの自分の言葉を思い出し、苦笑した。

 自分は振られたというのに、まだ美帆のことを恋人だと思っているのだろうか。美帆にはとっくに切り捨てられたというのに、未練がましく彼女を求めている。

『女なんて星の数ほどいるだろ』。いつかの日、美帆が見ていたドラマの登場人物が言っていた。よくあるセリフだな、と思った。その時、美帆はなんと言っていただろうか。

 ────馬鹿。星の数ほどいるから大事なんじゃない。

 ドラマの中の男に真剣にアドバイスをする美帆は滑稽だった。隣で笑いを堪えるのが大変だった。その時は。
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