とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
「一体どういうつもりです?」

 エレベーターの中に入り、二十階のボタンを押す。美帆はすぐさま津川に向き直った。

「仕事」

「嘘。そんな偶然がある訳ないじゃないですか。一体何が目的なんです?」

「俺は仕事の相談でお宅の坂口サンと話すだけ。別になんもないって」

 標準語はいつの間にか関西弁に戻っていた。いや、人がいないから戻したのだろうか。

「じゃあ、私とこの間会ったのも、その前に会ったのも偶然だと?」

「さあ、運命かもな」

「は?」

「偶然も三回重なったら運命って言うやん?」

 呆れた顔をしている美帆と相変わらずニコニコしている津川。

 美帆は殴ってやりたい気分だった。この男は頭がおかしいのだろうか。いや、おかしい。もはやからかっているとかいう次元ではない。常識が通じない。

「下らない冗談はさておいて、目的はなんなんです?」

「だーかーら、仕事で来たって言ってるやろ。これは本当。嘘じゃないって」

「あなたが言うと誠も嘘になりかねません」

「ひっどいな。ま、まだ知り合ったばっかりやしな。それより、いいんか?」

「何がですか」

「エレベーター、空いてるで」

 美帆は慌てて振り返った。エレベーターは既に二十階に着いて扉が空いている。背中を向けていたせいで気が付かなかった。

 ────恥ずかしい! 穴があったら入りたい!

「ど、どうぞ。降りてください」

 津川といるとペースが崩される、まったく最悪な男だ。さっさと離れてしまおうと、美帆は会議室を手で差した。

「どうぞ、会議室Aはあちらです」

「案内どうも。杉野サンの仕事っぷりが見れてよかったわ」

「……こちらこそどうも」

「今度来た時はお茶でも行くか?」

「ッ行きません!」

 美帆は津川よりも先に背を向けてエレベーターのボタンを連打した。とにかく早く離れたかった。こんなにイライラしたのは久しぶりかもしれない。

 急いで受付に戻ると、待っていましたとばかりに詩音が立ち上がった。

「美帆さん」

「ごめんね、離れちゃって」

「あの、さっきの人って美帆さんの彼氏ですか」

「そんな訳ないじゃない!」

 つい大声を出してしまった。美帆は慌てて周りを見回し、口を閉ざした。幸い、周りはほどほどに喧騒があり美帆の声は目立っていなかったようだ。

「……と、とにかく。あの人は彼氏じゃないの。友達でもない」

「え? でもあの人知り合いって言ってませんでした?」

「勘違いよ。いや、知り合いだけど、知り合いじゃないっていうか……」

「格好いい人でしたねえ。うーん、綺麗、かな?」

「さ、さあ。普通じゃない」

「あんな人が彼氏だったらいいのにな。美帆さん、狙ったらどうです?」

「狙いません!」

 正直、津川の顔なんてこの際どうでもいい。問題はあの男が何か企んでいると言うことだ。

 美帆は津川の目的を推測した。 

 普通に考えて、同じ人物と偶然街の中で出会う確率はかなり低い。しかも相手は今まで面識一つなかった人物だ。あり得ない。

 ということは、津川が何かの目的を持って自分に近付いたということになる。

 津川の目的はなんなのか。まさか、沙織の言うように気があった? いや、それだけはあり得ない。
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