とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
 着替え終わって会社の外に出ると、津川は分かりやすい位置に立って待っていた。

「やっと来たか。遅かったで。俺のために化粧でもしてたん?」

 美帆は自分の表情から感情が消えていくのを感じた。

 ────この男は何しに来たの? まさか本当にデート? そんわけない。私をからかってるに決まってる。

「まさか本当に待っているとは思いませんでした。ですが残念ですね。私は用事があるので、ではさようなら」

 美帆は構わず足を踏み出した。こんなところにいたら目立ってしょうがない。今だって帰宅ラッシュで社員達がぞろぞろ出てきているのだ。

 だが、津川の方が足が長い。早歩きされればあっという間に追いつかれてしまった。

「いいやん。テレビなんて見なくても死なんし」

「あなたとデートしなくても死にませんが」

「俺とのデートは来たほうがええと思うけど。絶対あとから損したって思うで?」

 なんの根拠があってこんな自信が持てるのだろう。もしやこれがナルシストというやつだろうか。テレビやアニメで見るが、実際見るとただの気持ち悪い男だ。

「……ほんっと、滝川さんとは大違い」

「滝川って誰? 杉野サンの彼氏?」

「違います!」

「いいやん。俺の奢り。どこでも好きなところに連れて行くから」

「お断りします。あなたはうちの会社の取引先です。何かあっては困りますから」

「なんもないって。ただご飯に行くだけ」

「大体、なんで私に付き纏うんです?」

「杉野サンのことが気に入ったから。どう? 俺と付き合わへん? 将来有望、受付嬢なんてせんでも玉の輿に乗れるんやし────」

「いい加減にしてください!」

 美帆は足を止め、一喝した。

「馬鹿にしないで! 私はこの仕事に誇りを持ってます! あなたにそんなふうに言われる筋合いありません!」

 どこまで人を小馬鹿にすれば気が済むのだろう。ただただ腹が立って仕方ない。

 受付嬢になったのは出会いを求めていたとか玉の輿になりたかったわけではない。そんなくだらない理由だったらこの会社の倍率を見て諦めていた。

 津川も他の男と同じだ。肩書きだけを見て人を判断するのだ。そんな男となど一生どころか片時だって一緒にいたくない。

 美帆は津川を無視して駅に急いだ。

 流石に、駅までは追ってこなかった。取引先相手に少し言い過ぎだろうかと思ったが、あれは向こうが悪い。仕事も、自分も馬鹿にされたのだ。黙ってなどいられなかった。
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