とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
 社内にはこれだけ男がいるのに、なぜ自分は結婚できないのだろうか。彼氏が出来ないのだろうか。

 美帆は人の多い一階ロビーを見回しながら思った。

 なんとなく敗因は分かっていた。自分も三十歳だ。デートだって何度もやってきた。

 だが、その男性達とは一度も付き合うことなく、また、交際に発展することもなかった。

 とある企業に勤めるAさんは、「なんだか、釣り合いが取れなくて気後れするんだ」と言った。

 Aさんもそこそこいい企業に勤めていたが、大企業に勤める美帆よりは小さい会社だった。Aさんは美帆の勤め先を聞くなり驚いていたし、話の種にはなったが、恋人には不適合とみなされたようだ。

 また別の男性、Bさんは「なんていうか、取引先と話してるみたいな気分になる」と言った。もちろんその男性は取引先などではなかった。だが、板についた受付嬢の仕草や話し方を見てか、そんなふうに思ったらしい。

 他にもいろいろあるが、大体同じだ。美帆はなぜか恋人ができない。女性らしい振る舞いや見た目を心掛けていても、なぜだかそう思われてしまう。

 しかし、美帆にはどうしようもないことだった。

 学歴や就職先、仕事で身につけた仕草や言葉遣いは努力して得たものだ。それを無理だと言わても困る。

 受付嬢はスペックが高くてモテるなんて言われるが、それはごく一部だけではないだろうか。少なくとも、美帆は男性面に関してその恩恵を受けたことはほとんどなかった。
 
「こんにちは」

 また声を掛けられ、美帆はすぐさま笑顔を作った。知っている人物だ。

「長谷部様。ご無沙汰しております」

「国際課の鴨井君と約束してるんだけども」

「伺っております。少々お待ちください」

 会議室の予約は取ってある。朝のミーティング通りだ。長谷部は何年も前から世話になっている得意先の役員だった。美帆も顔馴染みで、日常会話をするぐらいには仲がいい。

「一週間前にも来たんだけど、杉野さんは休んでたのかい」

「はい。私用でお休みを頂いておりました」

「そうか。いつもいるからどうしたのかと思ったよ。うん、やっぱり受付には杉野さんがいないとね。さすが花形受付だよ」

 ────じゃあ、なんで私には彼氏がいないんですかね?

 頭に怒りマークが浮かんできそうだ。だが、長谷部に悪気はない。褒めようとしてくれているのだろう。得意先からのもったいない言葉に笑顔を返し、長谷部を奥のエレベーターへ促した。

「第七会議室を予約しております。奥のエレベーターで十五階へ進んで、出て右手の部屋へどうぞ」

 美帆は憂鬱だった。

 五人官女のうち唯一の独り身仲間だった沙織が結婚してしまい、残ったのは自分だけだ。

  これから先、あと何度あんなふうに言ってもらえるだろうか。今はまだいいが、五年十年経ったらそういうわけにもいかなくなるだろう。

 そしたら売れ残りのおばさんなどと言われるのだろうか。考えるだけで気分が滅入った。
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