とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
 仕事が終わってすぐ、スマホにメッセージが届いた。

 昼間のことを引きずったまま仕事をしていた美帆は、画面を見て僅かに心動かされた。

 それは滝川からのメッセージだった。

『お仕事お疲れ様です。仕事の方はどうですか?
 明日、仕事が終わってから会えませんか』

 以前なら微笑んでいたメッセージ。だが、今はとてもそんな気分になれなかった。

 メッセージを一旦閉じて、誰もいなくなったロッカーから足早に出る。ウキウキした気分ではなく、早く会社から出たかった。

 ロビーに降りて、一瞬受付に視線を送る。だが、物悲しくなるだけだ。すぐに視線を逸らし、エントランスから出た。

 外はまだ薄明るい。帰宅を始めたサラリーマンとOLが会社の前を通り過ぎていく。

 いつか────随分前のことだ。美帆は津川と会って初めの頃のことを思い出した。ここで待ち伏せされたことがあった。そしてしつこく誘われた。

 あの時は津川の物言いに激怒して帰ったが、同じ人物なのに今は印象が違う。そして自分も。

 嫌いな人を好きになることもあるだろう。印象が変わることだってある。
それなら好きな人を嫌いになることだって出来るはずだ。その要素はいくらもでもあるのだから。

 美帆はそっとスマホを取り出した。

 少し前に来た滝川のメッセージを取り出し、差出人の欄を眺める。どうして滝川なんだろうと、落胆にも似た気持ちが湧いた。

 やっと打ち解けて仲良くなれて来たのに、そんなの滝川に失礼だ。だが、湧き上がる気持ちは次々と姿を変えていく。

 優しくしてくれる滝川が津川だったらよかったのだろうか。釣り合っていた天秤がすっかり傾いたことに気が付いた。

 瞳に涙が滲んでいく。そこに表示された名前を頭の中で一文字書き換えて、また会えることを願った。

 ────ごめんなさい。好きな人ができたのでもう会えません。

 滝川とは会えない。津川のことを思い出して辛くなるから。
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