とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
 品川駅の新幹線乗車口は混んでいた。朝七時だ。出勤するよりも早い時間だが、皆旅行にでも行くのだろうか。

 そういう美帆はスーツケースを前に津川を待っていた。

 緊張している。こんなに緊張したのは就職面接の時以来だろうか。

 男性と旅行なんて今までだって何度か行ったことがあるのに、どうしてこんなに緊張するのだろう。

「杉野さん」

 名前を呼ばれて心臓が跳ねる。

 津川は珍しく私服を着ていた。初めて見たわけでもないのに、今更「格好いい」なんて思っている。

 あまりはっきりと感じたことはなかったが、津川は格好いい。関西弁で喋ると雰囲気が変わるが、じっと立っているとモデルみたいだ。

 気持ち的にはうぐっと声を出したい気分だが、美帆は我慢した。

「お……おはようございます」

「あんなぁ、合宿ちゃうねんからそんなに気張らんでええよ」

「はい……」

「自分は今日も可愛いな」

「……は?」

 津川はニコニコしながら美帆を見つめている。

 一方で美帆は何を言われたか分からず放心した。数秒後で言葉の意味を飲み込んで、ようやく理解した。

「か……からかわないでください」

「からかってへんよ。ちゃんと思ってる」

 ────駄目だ。このまま一緒にいたら命が危ない。

 告白されていないが、この調子だとしてきそうだ。いや、もしかしたら津川は自分にそうさせるつもりなのかもしれない。「好き」と言わせるつもりなのかもしれない。

「時間ですから行きましょう!」

 美帆は荷物を持って慌てて背を向けた。

 津川がどういうつもりかなんて知らない。だが、津川は隠そうともしない。そんなことをされたら言われなくたって分かってしまう。

 津川は、自分のことが、好きだ。
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