とある企業の恋愛事情 -ある社長秘書とコンビニ店員の場合-
 聖の溜息が本堂家のリビングに響いた。

 時刻は夕飯時。さあ今から夕食を食べようというところだが、聖はとてもそんな気分ではなかった。

「今のため息で飯が飛んでったらどうすんだ」

 本堂が茶化したので、聖は口をムッと尖らせて睨みつけた。

「もう、こんな時まで茶化さないで」

「冗談だ。青葉のことが心配か?」

 聖はコクリと頷いた。俊介は小さい頃から一緒に育ってきた幼馴染だ。聖の良き理解者であり、戦友と言える存在だった。

 その俊介が落ち込んでいるのに何も出来ないのが歯痒かった。

「綾芽ちゃんがいなくなってもう一ヶ月よ……俊介だって本当は、探しに行きたいて思ってる。だって、いつもコンビニに行って、公園に行って……本当は会いたいのよ。なのに────」

 俊介が昼時にそこに行くことは知っていた。仕事中は何も言わないが、彼はまるで思い出すように、吸い寄せられるようにそこに向かう。

 綾芽との思い出深い場所にいたいのだろう。俊介は綾芽のことを忘れる気などないのだ。

「私、あれから子会社の不動産に頼んで調べたの。綾芽ちゃん、元の家は引き払って別の場所に越したみたい……職場はよく知らないけど、調べれば私が会いに行って────」

「やめとけ」

「どうして……?」

「自分から出て行ったんだ。それを無理に戻そうってのか?」

「だって……! 二人とも好き合ってるのにどうして離れなきゃならないの!? 綾芽ちゃんが離れたのだって、きっと本当は俊介のことを思って……」 

「ならなおのこと、意思は固いだろ。よっぽどのことがあるんだ。他人が茶々入れるようなことじゃねえ」

「じゃあこのまま放って置けっていうの……? 見てわかるでしょう? 俊介だってあんなにやつれて……このままじゃ倒れちゃうわよ」

「嫌いで別れたんじゃねえんだ。時には好きでも離れなきゃならねえこともある。そういう時間が必要な時もあるんだ」

 聖は思い出して胸が痛んだ。本堂は、過去の自分を思い出しているのかもしれない。彼も以前、大きな誤解から自分の元を去った時があった。そう思えば、冷却期間が必要な子どあると納得できた。

「私ね……俊介に好きな子が出来た時、すっごく嬉しかったの」

「幼馴染だからか」

「ううん……そうじゃない。俊介ってね、本当に小さい頃から真面目で、ああいう性格だったの。執事としては優秀だったけど、仕事で関わることにしか興味なくて、趣味があるわけでもないし、狭い世界で生きててこのままで大丈夫かなって思ってたのよ」

「まぁ、それがあいつの長所であり短所だからな」

「そんな俊介にも興味が湧く人が出来て、ちょっとずつ変わっていく俊介を見て、いい人に出会ったんだなって安心してたの」

「興味湧き過ぎて隣の席の俺はわりと大変だったけどな」

 聖はその様子を想像してクスクス笑った。

「そんな人とまた出会えたらいいんだけど……」

「会えるさ。生きてりゃ、いつかはな」

 もう数ヶ月で冬が終わり、春が来る。俊介はその頃、綾芽のことをまだ覚えているだろう。何ヶ月、何年経っても、きっと忘れないだろう。

 なにせ彼は真面目だ。そして綾芽は初めて、そんな俊介がそばにいたいと感じた女性なのだから。
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