とある企業の恋愛事情 -ある社長秘書とコンビニ店員の場合-
 ランチの時間になると、聖と本堂は揃って出掛けてしまった。どうせ今日もまたどこかの定食屋に入るのだろう。

 俊介もなにを食べようか考えた。外に食べに行こうかと思ったが、なんだか面倒だ。どこかで二人と鉢合わせても気まずいし、それならコンビニで適当に買って秘書室に戻って食べた方がいいだろう。

 幸い、藤宮コーポレーション本社ビルの一階には自社が運営するコンビニが入っている。

 俊介はコンビニに入ると、適当におかずとおにぎりを選んだ。

 店内を歩いていると、ふと横に煎餅が置かれているのが見えた。煎餅は聖の好物だ。

 以前、藤宮家は大変に厳しく、聖は食べるものまで決められた生活を強いられていた。そんな彼女にこっそり買って渡していた煎餅を見ると、またやるせない気持ちになった。

 ────コンビニに来てまで嫌な気分になるのか。

 そもそも、藤宮家の会社で働いているのだから思い出さないわけにはいかないだろう。

 ぼんやりしながらレジを済ませ、店から出たところで缶コーヒーを啜った。

「レジのバイトの子、すげえ綺麗だよな」

「立花さんだろ。同僚の安田がデートに誘ったんだってよ。玉砕したらしいけど」

 ふと、すぐ近くで会話している社員の会話が耳に入ってきた。「玉砕」というワードが気になったからだろうか。

 俊介はまた暗い気持ちになった。他人はこんなに気楽なのに、どうして自分はこんなに落ち込まなければならないのだろう。新しい恋でも探せば傷が癒えるのかもしれないが、そう都合よく出会いは転がっていない。

 いっそ恋愛など諦めて仕事人間になってしまう方がいいのだろうか。その方が面倒なことを考えずに済みそうだ。

「あの、すみません」

「え?」

 不意に声をかけられて俊介は振り返った。先ほどレジで会った若い女性店員が立っていた。

「お財布、お忘れですよ」

「財布? ああ────」

 俊介はポケットを探り、財布をレジに置いてきたことに気が付いた。この店員が気付いて持ってきてくれたのだろう。

「ああ、すまない。ありがとう────」

 ふと、女性の胸元に付けられた名札に目がいった。名札には「立花」と書かれていた。

 もしかして、さっき社員の男達が話していたのは彼女のことなのだろうか。俊介はやっとまともに彼女の顔を見た。

 男性社員が言っていた通り、綺麗な顔立ちの女性だ。年は二十代前半ぐらいだろうか。聖と同じぐらいの年頃に見える。キリッとした眉に涼やかな目鼻立ち、髪は綺麗な黒髪を後ろでまとめている。美人揃いと言われる藤宮コーポレーションの受付嬢と並んでも遜色ない。

 女性はペコっと頭を下げると早足にレジへと戻った。俊介も秘書室へ戻ることにした。

 あの男性社員達は彼女に声をかけるのだろうか。

 そんな勇気があれば恋人も簡単にできるのだろうが、まだそんな気分にはなれなかった。

 長い間片思いをしすぎていたせいかもしれない。そもそも、人間をどう好きになればいいのかも忘れかけていた。
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