とある企業の恋愛事情 -ある社長秘書とコンビニ店員の場合-
 最後ランチしてから、会社の近くにある公園には寄り付かなくなった。そこは青葉と食事するためだけの場所だった。

 けれど帰りがけ、その方向を見て青葉がいるのではないか────そんなことを考えてしまう。

 思考を振り払い、綾芽は公園の横を通り過ぎた。次の仕事が待っているのだ、こんなところで道草を食っている暇はない。



 その夜入っていた仕事はパーティ会場の給仕だった。定期的にある仕事で、慣れているため段取りはわかっているし考えなくても動ける仕事だ。

 ホテルの宴会場を貸し切って行われているのはどこかの病院の創立記念パーティだった。

 こういう場所ではほとんど食事が進まない。酒に酔う客も少ないから、綾芽の仕事は楽だった。

 綾芽は空いた皿を見つけると、その皿を一つ下げるためにテーブルのセッティングを変えた。いつも一緒に仕事するバイト仲間が一緒に配置を動かしながら、彼女はこそっと綾芽に呟いた。

「さすが病院。相変わらずすごい金持ちばっかりね」

 彼女のいうとおり、会場には金持ちらしい男女が多く招待されていた。身なりの良し悪しは分からないが、身につけている時計や指輪は豪華だ。創立記念パーティなのだから、院長とその関係者なのだろう。

「見て、あの指輪何カラットあるんだろ……売ったら一千万ぐらいするかな?」

「ちょっと、変なこと考えないで」

「冗談よ。タイタニックに出てくる宝石ぐらい大きいから驚いただけ」

 彼女が見ていたのは着物を着た五十代ぐらいの女性が見に着けていた指輪だ。リングにはグリーンの宝石が付いているが、その大きさは親指の第一関節ぐらいある。かなりの大きさだ。

 あれぐらいあれば家でも建てられるのではないだろうか。綾芽には見当もつかなかった。なにせ、宝石は身につけたことが一度もない。せいぜいこうして人様のものを眺めるぐらいだ。

「────ねえ、プレゼントされるならあんな宝石がいいと思う……?」

 自然と、疑問が口をついて出た。思い出していたのは青葉からもらったプレゼントのことだ。

「え? いや、実際問題あんなでっかい宝石なんてもらっても困るでしょ。質屋送りよ。もらうならもっと可愛い奴がいいかな」

「それが二千円ちょっとのイヤリングだったら?」

 彼女の答えは安っ! だった。一般的に二千円のプレゼントは安いのだろうか。だが、青葉と綾芽は付き合っていない。恋人同士ではないのだ。友人に送るプレゼントとしてなら適当だろう。

「なに? 綾芽ちゃん二千円のプレゼント彼氏にもらったの?」

「彼氏じゃないよ。ただの……知り合い」

「でも、ただの知り合いがプレゼントなんてくれる? その人綾芽ちゃんに気があったんじゃないの?」

「さあ……」

「でも、本命の人に二千円、かぁ……同じ年ぐらいならまあそんなもんかな」

 ということは、歳上だった不適当ということだろうか。そのプレゼントの贈り主が十五歳も歳が離れた男性だと教えたら、彼女は仰天するかもしれない。

「値段はともかくさ、綾芽ちゃんが嬉しいと思ったんならいいんじゃない? そりゃ、気持ちがあったら高いものくれるのかもしれないけど、それだけが全てじゃないと思うし。私らみたいな人間があんなおっきな宝石なんてもらっても、分不相応だしね。高望みしないのが一番よ」

 その言葉はストン、と胸に落ちた。その通りだと思った。

 青葉と自分は分不相応だ。あの女性が身につける宝石のようにしかるべき人間が持つものではない。

 この会場にいる金持ちと同じだ。彼らはああやって酒を飲んで優雅に話す。だが、自分は所詮給仕留まりだ。借金を抱えている自分とは天と地ほど差がある。

 あのアヤメのイヤリングはどんな意味で贈ったのだろう。本当にただのお礼だったのか。

 いつも青葉に対して申し訳なかった。それは青葉に金を使わせたことにではない。自分のように粗末な人間に何かさせることが申し訳なかったからだ。

 これは小さい時からの刷り込みかもしれない。あの父親といるにはどうしても自分は弱者にならなければならなかった。卑屈でなければ、父親が優位に立てなかった。

 それは大人になっても続いているのだ。だから青葉といて苦しかった。こんな自分を持ち上げようとする青葉に腹が立ったのだ。

 ────じゃあ、最初から私には恋愛なんて無理じゃない。
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