とある企業の恋愛事情 -ある社長秘書とコンビニ店員の場合-
 適度に休憩して秘書室に戻ると、「やけに遅かったな」と俊介が顔を上げた。

「聖のところで休憩してた」

「いいよな、お前は同じ職場で」

 俊介は羨ましそうに、呆れたように言った。

 俊介も元は同じ職場だったが、彼女がコンビニを辞めてしまって寂しいのだろう。

「いいことばっかじゃねーぞ。同じ職場なんて問題だらけだ」

「それは相手が聖だからだろ」

「お前もだ」

 俊介は俺も? と眉をしかめた。

「お前とお前の相方が一緒にいるところを誰かが見てたらしい。下の女が噂してたぞ」

「……いつ見られたんだ?」

 俊介も少しは気になったようだ。見られたからと言ってどうなるものではないが、彼も目立つポジションだから女性関係の噂は気になるかもしれない。

 これでもし立花綾芽が同じ職場だったら、間違いなく彼女は好奇の目にさらされることになっただろう。なにせ、俊介は女性に人気があるのだ。その相手が社長ならともかく、コンビニ店員だったらやっかみの対象だ。

 それに彼女も男性社員に人気があったようだから、二重の意味で苦労することになる。それなら別の職場の方がずっと楽だ。

「────分かった。気をつけておく」

「別に刺されるわけじゃねえんだ。ただ、気にする奴もいるって覚えておけ」

「そうだな……お前の時も酷かったもんな」

「俺は相手が聖だからある意味よかったんだ。誰も文句言えなかったからな。ま、大事な相方なんだ。ちゃんとしてやれよ」

「言われなくてもそうする」

 俊介は深いため息をついた。

「だからさっさと結婚した方がいいって言ったんだ。立場ハッキリさせとかねえとうるせえ奴らがいるからな」

「俺は……仕事を円滑にするために結婚したいわけじゃない。それに一人で勝手に進められる話じゃないんだ。まだ彼女は若いし、結婚なんて全然考えてないかもしれない。やりたいことだってあるだろうし、そもそも俺と結婚したいのかも────」

「落ち着け。ったく、お前は相変わらず相方の話になると暴走するな」

「大事な話なんだ。ちゃんと考えないと彼女を幸せに出来ないだろ」

「お前がそんだけ考えてんだから不幸にはならねえよ」

 俊介は不安に思っているようだが、まず俊介を選んだ時点で若気の至りや遊びではないだろう。彼女が結婚まで考えていなかったとしても、多少は視野に入れていてもおかしくない。

 そもそもそれ以前に彼女には仕事のことや借金のことなどいくつかの課題があるようだから、今はそれに思考をとられているだけのようにも思える。

「相方の借金がなくなったら、お前は大変だな」

「どういうことだ?」

 本堂はくく、と笑った。ただでさえ俊介は立花綾芽にゾッコンなのに、彼女に余裕が出来て俊介にかける時間が増えてしまったら俊介は今以上に彼女に囚われるのではないだろうか。

 好きな相手に全力で好意を向けられたら、男などなす術もないのだ。彼女達は男が思う以上にしたたかで誘惑的なのだから。
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