君との恋の物語-Reverse-

5

4月に入ると、すぐに大学の入学式だ。
その後は2、3日かけてオリエンテーションや健康診断があって、すぐ授業が始まる。
それから、俺達音楽教育学科には、他の学科にはないことがもう一つある。それが、「門下の顔合わせ」だ。つまり、この1年間、どの先生から実技レッスンを受けるか決めて、先生と門下生全員で初めて会う機会だ。
俺が受けた茨城大には打楽器の先生が2人いる。主に太鼓系の打楽器(小太鼓やティンパニ、シンバル等)を教えてくださる安藤先生と、マリンバ等の鍵盤を教えてくれる小池先生だ。通常はどちらかの先生からしかレッスンは受けられないのだが、俺は入試で実技が1位だった為、1年間両方の先生からレッスンを受けられることになった。では4年間ずっとかと言われるとそうではない。来年も両方の先生からレッスンを受けたければ、年度末に行われる実技試験でまた1位を取らなければならない。
俺としては、今後も1位をキープしたい。

このシステムは、管打楽器専攻特有の決まりで、ピアノや、他の弦楽器の場合は全体の人数によってその人数も変わってくる。

打楽器専攻は全体で9名。
四年生2人(鈴木真里先輩、榎本愛美先輩)三年生2人(増田俊之先輩、横山希美先輩)二年生2人(加藤沙織先輩、細川英二先輩)一年生3人(福田夏美、熊谷佳代、俺)
男はなんと3名。三年生と二年生に一人ずつ、と、俺だ。
まぁ、高校の部活では男は学年で俺だけだったので、あまり気にしないことにしよう。
さて、どちらの先生からもレッスンを受けられるということは、門下の顔合わせも両方でなければならない。
ちなみに、俺の学年は安藤先生の門下は俺だけだ。
全体的な人数は、安藤先生門下が
鈴木真里先輩(4)榎本愛美先輩(4)
増田俊之先輩(3)
細川英二先輩(2)加藤沙織先輩(2)
樋口恒星(1)
小池先生門下が
鈴木真里先輩(4)
増田俊之先輩(3)横山希美先輩(3)
細川英二先輩(2)
樋口恒星(1)福田夏美(1)熊谷佳代(1)
となっているようだった。つまり、四年生の鈴木先輩、三年生の増田先輩、二年生の細川先輩が特待生(学年1位)ということだ。
まぁ、俺達の学年以外は二人だから、どちらかがなれるわけだけど。。。
門下の顔合わせ自体は滞りなく終わった。それもそのはず、この大学を受けた人のほぼ全員が、入試前からレッスンを受けて先生と知り合っているからだ。大学に出入りしている以上、当然先輩達や同級生とも何度顔を合わせている。
さて、どちらかといえば次の顔合わせの方が重要だ。それは、管打楽器全体の顔合わせだ。これは大学内でも結構大きめの教室を使って行う。
打楽器専攻は、俺と他の2人は門下が違うので、まだそんなに親しくもない。。誘おうかとも思ったが。。
まぁいいか。1人で行こう。



指定の教室に入ると、もう半分以上席が埋まっていた。
俺は、窓際の真ん中より前寄りの席に座った。
周りを見渡してみると、打楽器の2人もいた。後の人達は、余程大きな楽器でもない限りは持ち歩いているので、だいたいなんの楽器かはわかった。
それにしても、思ったより人数が多い。。。
俺は、自分の踏み込んだ世界が思っていた以上に広かったことに気が付いて、少し縮こまっていた。
すると。。

「あの、隣いいかしら?」

左から声が聞こえたので振り向くと、そこには、なんだか派手な女の子が立っていた。

『あぁ、どうぞ。』

派手というのは、化粧のせいとか服装のせいとかではない。単純に、目鼻立ちがはっきりとしていて、自分に似合う髪型と服装をしている。つまり、お洒落だと言うことだ。

「あなた、楽器は?」

ん?
『あぁ、打楽器、だけど。』
彼女は初対面の俺に対してもまるで抵抗なく話しかけてきた。なんというか、肝の座った子だ。。というか、目がぱっちりとしていて切長なので、凄い目力だ。。明るいブラウンのロングヘアも綺麗な艶をしている。。

「あぁ、打楽器なんだ、私はクラリネットなの。よろしくね。」
クラね。。クラリネットの女子というのは、なんでこう個性が強いんだろ笑
『俺は打楽器の樋口だ。よろしく。』
「私、教師になって吹奏楽をやりたいんだけど、打楽器のことは全くわからないの。だから、よろしくね。私は峰岸、峰岸結。」
なんと、好きな歌手(木村結)と同じ名前か!それに
『それなら、俺も同じだ。教師になりたいのも、吹奏楽をやりたいのも。それに、木管のことは全然わからないし、』
峰岸と名乗ったその子は、俺を見てにっと笑った。なんだ、その妖艶さは。。本当に同い年か?
「樋口君、話しやすいね。吹奏楽の授業は履修するよね?」
『うん、そのつもりだよ。今年はわからないけど、いずれはAブラスにも参加したいと思ってる。』
Aブラスというのは、全学年を対象にオーディションを行い、合格した30名だけで組む選抜バンドのことだ。
「Aブラスね。私は今年もオーディションを受けるわ。樋口君は受けないの?」
『いや、俺も受けようとは思っている。けど、打楽器科は全部で9人だし、合格枠は4人だから、ちょっと難しいかな。。?』
「謙虚なのね。でもあなた、入試はトップでしょ?」
そうだけどってなんで知ってるんだ?それに
『そうだけど、なんで知ってるんだ?それに、トップと言っても3人しかいない中でのトップだ。先輩たちを含めたらまだまだだよ』
「冷静なのね。でも、あなたみたいな人こそ受けるべきね!」
ん?どういう意味だ?

質問しようとしたところで教授が入ってきて話は中断せざるを得なくなった。


顔合わせ自体は、苦手な自己紹介もなく特に問題はなかった。
ここでは主に授業の進め方と教授陣の紹介だった。
顔合わせを終えたら今日は何も予定はないが、せっかくなので打楽器室で練習をしていくことにした。
食堂で軽く昼食を済ませて地下に向かう。

打楽器室は地下に3部屋ある。打楽器のみが使える部屋だ。ただ、この3部屋は伴奏合わせなどの特別な理由がない限り打楽器科全員で兼用することになる。どうしても一人で練習したい場合は、授業が全て終了する18時以降に個人的に教室を押さえる必要がある。
ただし、大型楽器(大太鼓、ティンパニ)などは、教室を押さえるのと同時に楽器管理室に申請して借り入れる必要もあるので、慣れるまではちょっと難しそうだ。。。

今は13時前、今日は18時からバイトなので、余裕を持って15時には学校を出るか。
ひとまずは学校の楽器は使用せず、自分の小太鼓を使ってじっくり練習した。
先輩達とは何人かと顔を合わせたが、特に話すこともなく、割と練習に集中できた。
同級生二人も、隣の鍵盤部屋と呼ばれる、その名の通り鍵盤打楽器が大量に置かれた部屋にいたようだ。
春休みの間は練習場所がなかったため、だいぶ鈍っていた。これからはバイトとのバランスも考えないといけないな。。
鈍っていた感覚を取り戻すために基礎をみっちり練習していたら、あっという間に14時半を過ぎていた。
なんとなく集中が切れてしまったので、そのまま片付けて帰ることにした。
部屋を出てすぐの、溜まり場のようなところにいた増田先輩に呼び止められた。
増田先輩はちょっとパーマのかかった髪とフレームの太い眼鏡が特徴の、おしゃれな先輩だ。
『お疲れ様です』
「ずいぶん熱中してたね。」
『そうですかね?あまりにも鈍っていたので、必死でした』
「そうか、ちょっと聞いてただけだけど、君は上手くなるよ。今から楽しみだ」
先輩に褒められればそれはもちろん、素直に嬉しいのだが、増田先輩の笑顔は自信と余裕に満ち溢れているように見えた。ちょっとここまでの自信は俺にはないな。。
『ありがとうございます。まだまだですが、これからも頑張ります。』
先輩はさらに笑顔になって
「真面目だね。まぁ、気楽に行こう」



校舎を出て正門に向かっていると
「あれ?樋口君?」
ん?この声は。。?あぁ
振り返ると、峰岸さんがいた。
「今帰り?」
『うん、峰岸さんも?』
「そう!そういえば、樋口君てどこに住んでるの?」
『俺は、栃木県の小山市。だから、結構時間がかかるんだ。。』
っていうか、顔合わせの時よりテンション高くないか。。。?
「小山!私は宇都宮なんだけど、バスが苦手だから小山経由で通ってるんだ!途中まで一緒だね!」
なんでそんなに嬉しそうなんだ?って言うか顔そのものも派手だけど、表情の変化も派手だな。。なんていうか、いわゆる典型的な。。。
「何?どうしたの?」
『いや、なんでもないよ。悪い。うん。バス一緒だな』
やべ
「バス?」
『あぁごめん、間違えた。』
何を焦っているんだ俺は。。。

その後も、峰岸さんはずーっと喋り続けていた。
高校の時は吹奏楽部にいたが、弱小校で物足りなかったこと。それをきっかけにもっと音楽を専門的に勉強したいと思ったこと。受験勉強がとてもしんどかったこと。それでもクラだけはずーっと大好きで、練習は全く苦にならなかったこと。レッスンを受けて変わっていく自分の音が少しずつ好きになっていったこと。どれも楽器や音楽の話ばかりだったので、俺も聞いていて苦にはならなかった。というよりは、実は聞いていたかった。一人で何もせずにいると、気分が沈んでしまうからだ。

さぎり。。。

「ちょっと、どうしたの?」

え。。
『あ、ごめん』
「謝ることないけど、どうしたの?なんだか考え込んでたみたいだけど。」
それはさすがに、まだ言えない。。ん?まだ?
『いや、いいんだ。ごめん。』
すると彼女は長い髪を少し揺らしながら首を振る。
「全然、人それぞれ色々あるわよね。ま、気が向いたら話して!私も今日はいっぱい聞いてもらったし」
明るい。それに、落ち着いている。
『ありがとう。でも、気にしないで。それに』
「それに?」
彼女が俺の顔を覗き込む。
反射的に俺は少し下がってしまった。ちょっとびっくりした。
『あ、俺は、話を聞くのは全然嫌いじゃないし、それに、今日みたいに明るい話だったら聞いていたいくらいだ。愚痴は、ちょっと苦手だけど。。』
らしくもない。。何を焦っているんだ俺は。。
「そう!それならよかった!私、結構おしゃべりだけど、愚痴はあんまり言わないから!またお話しましょ!」
なんとまぁ、くるくる回る表情だ。。
「ねぇ、樋口君は彼女さんと付き合って何年くらいなの?」
あぁ、指輪か。よくみているな。
『うん、この間2年経ったばかりだよ。』
「2年!長いね!じゃ、高校は一緒だったんだ?」
『うん、一緒だよ。音楽はやってないけど。』
あまりこの話題のままではいたくないな。。
「そっか、今度彼女さんのこと教えてね!」
あ、そういえば。
『うん、そう言えば、聞きたかったんだけど。』
彼女はちょっと首を傾げるようにして先を促した。
『さっき、あ、顔合わせの時ね。なんで俺が入試で1位だったってわかったんだ?』
彼女は、なんだそんなことか、というような口調で言った。
「んーなんとなく、かな!樋口君て、上手そうだから!」
そうなのか?というか、それだけで?
「というのは嘘。打楽器に福田夏美っているでしょう?あの子、私の同級生なんだ!樋口君のことは、夏美から聞いたの!それで、私打楽器の友達が欲しかったから、思い切って隣に座ってみたんだ!」
そうだったのか。。。
なんていうか、行動力あるなぁ。ん?でも
『あれ?でも、打楽器なら、福田さんが同級生なんじゃ』
って言いながら気づいた。
『あぁ、福田さんはマリンバ選考だからか』
「そう!マリンバと太鼓って、やっぱり違うと思うのよね。」
『まぁ、そうだね。俺も、マリンバは全然弾けないしな。だからこそトップを取ってマリンバのレッスンを受けてみたかったんだ。取れたのは、たまたまだけど。』
彼女は真っ直ぐに俺を見て言う。こっちが恥ずかしくなるくらい真っ直ぐな目だった。
「そんなことないよ。今日、ほんの少し話しただけだけど、樋口君は頑張っている人だと思う。これからもずっとトップでいられるように頑張りましょ!」
励まされてしまった。ひょっとして俺がちょっと沈んでいることに気付いているんだろうか?
それに
『峰岸さんも、入試はトップだったの?』
彼女は自信に満ち溢れた顔で頷く。
「うん!私も1位だったわ!これからも油断せずに頑張ろうと思ってるわ!」
すごいな、もうこれからのことに目が向いているのか。。
俺ももっと前向きになりたいところだ。

そうこうするうちにあっという間に小山駅に着いた。
別れ際、彼女にすごいことを言われて、俺は戸惑っていた。。
「彼女さんと、仲良くね!」
やっぱり見抜かれていたのか。。?



そう、俺が少し沈んでいたのは、さぎりとのことが原因だった。
いや、さぎりのことが嫌になったとかそう言うことではないのだが、ちょっと煮え切らない、なんとももどかしい状態だ。

俺が春休み中にホームセンターでバイトを始めたのと同じ頃、さぎりはレストランでバイトを始めたのだが、そこで、どうやらよくない男に付き纏われているらしいのだ。
付き纏われている以上、一番悪いのはその男なのだが、ことの経緯を聞いていると、どうやらさぎりにも迂闊なところがあったようだ。
まぁ、それもどうしようもなかったと言われればそれまでなんだけど。。

バイトに入ったばかりの頃、休憩室でその男に連絡先を聞かれたさぎりは、疑いもせずにその男に連絡先を教えてしまったらしい。
ここまでなら俺も、そこまで怒りはしなかったのだが、問題はその後だ。
しつこくメールして来るだけならまだしも、何度も断っているのに遊びや食事に誘われていると言うのだ。
普通、そこまでされて困っているなら店長にでも相談するべきじゃないのか?
もしそれで人間関係に悩むような事態になるなら、俺だったらそんなところでバイトはできないので真っ先に辞めるだろう。。
どうしていいかわからないという気持ちも、まぁ理解はできるが、もう二週間以上も経っているのに何も行動を起こさないのは、正直さぎりも悪いと思う。
それに、もしこのことで俺が強くバイトを辞めるように促したら、きっと本当に辞めてしまうだろう。。
それではなんの意味もないし、俺は、できれば自分でなんとかして欲しいと思っていた。
2年の付き合いを経て、さぎりがこういう時に特に俺に頼りたがるのは知っている。別にそれは否定しないし、助けたいという気持ちもあるが、今回ばかりは自分でなんとかして欲しいと思っている。いつでも俺に頼れると言うことは、“いつでも頼ってしまう”という結果につながりやすいからだ。特に、さぎりの場合はそうなりやすい気がする。
頼ってくれるのはとても嬉しいことだけど、どう頑張っても同い年の俺には、余裕がない時もある。それに、これからは大学も別なので、今までのように一緒に帰ったり、電話したりできる時間もどうしても減ってしまうだろう。そんな時に、どんなに小さなことでも頼ってしまうというのは。。つまり、それは、依存に近い状態だと思う。そういう欠点みたいなものが見えてもさぎりのことが好きだから一緒にいる訳だけど。。今回のことは、何故かいつものように助けたいとは思えなかった。。理由は、よくわからない。

だから、と言うこともないが、俺は最近、意識して忙しくしているのだ。そうしていないと、さぎりにきつく言ってしまいそうだからだ。
言ってしまえば俺も男だ。独占欲も、それなりにある。けど、そうありたくないのだ。
だから、できればあんな話は聞きたくなかった。聞いてしまったがために、俺はずっと気になっている。その上こちらからはあまり強く言いたくないので、ずっと我慢しなくていならない。。
まだ二週間だけど、このストレスは結構大きい。
最近の俺は、あまり自分らしくないなと思っている。
そろそろ、ちゃんと行動を起こして前に進んでほしいところだ。


明日は土曜日。丸一日バイトが入っている。
日曜もバイトだけど、15時まで。
たしか、さぎりは日曜はオフだと言っていたはずだ。。会えないだろうか??
。。。結局、またさぎりへのフォローのことを考えている。。いったいどうしたいんだ俺は。。



バイトの休憩中、携帯を見てみると、さぎりからメールが入っていた。
【今日、少しでもいいから会えない?】
考えることは同じか笑
俺とさぎりは、少なくともちゃんと気持ちは繋がっているみたいだ。少し安心した。
【同じことをメールしようとしてた(笑)今、バイトの休憩。15時までだから、それ以降なら何時でもいいよ!公園でいい?】
さて、休憩が終わったらもうちょっと頑張るか!

いつもの公園。
今回もさぎりが先に待ってた。
俺を見つけた瞬間に泣きそうな顔をしながら抱きついてきた。
『大丈夫?ごめん、この間は、言いすぎた。』
悪かったと思っているのは本当だ。
「んん、私も。。でも、どうしていいかわからなくて。」
結局わからないのか?簡単なことなことなのに。
『うん、わかるよ。けど、あまりしつこいなら本当に店長に相談した方がいいよ。』
もう、はっきり言うしかなかった。
「うん、そうするね。。」
正直、気まずさを上手く取り繕う気は失せていた。。
「そう言えば、大学は、どう?」
やめよう、せっかく会えたんだから。
『うん、やっぱり楽しいよ!どの講義も、興味あるものばっかりだし。』
「友達は、できた?」
できたよ。もちろん。
『うん、クラの女の子と、ピアノの男の子。後、音楽理論の男の子。』
ピアノと音楽理論の男友達は、入学式の日に仲良くなった。それからも何度か食堂で顔を合わせている。クラの女の子は、言うまでもなく、峰岸さんだ。
『気にしなくて平気だよ、女の子は、彼氏いるって言ってたから』
はっきりとは言われてないが、いるだろうと思っている。理由は、なんとなくだ。
『さぎりは?』
「うん、同じ学科の子が二人。女の子。」
そうか。友達ができたのならよかった。
少なくともバイトのことに気を取られて、どうしようもなくなっている訳じゃなさそうだ。
「ねぇ、恒星?」
『ん?』
「私のこと、好き?」
『好きだよ。知ってるだろう?』
当たり前じゃないか。
「もっと好きって言って。。」
『大好きだよ』
「ねぇ、私、次誘われたら、今度こそちゃんと、2度と誘わないでくださいっていって断るから。。」
なんだ、ちゃんとわかってくれてるじゃないか。
『うん、ありがとう。』
素直にそう思う。
「離さないで。。」
でも。。。
『うん。』




どうにも煮え切らない。。
その理由がわかった気がする。
今日、さぎりから、好き?って聞かれた時に、なんだか情けなくなった。
俺は、自分が受験生の頃から半年以上もかけて計画を立て、それを実行した。卒業式の後、入試結果が出るまでは怖かったのもあるけど、なにより時間がないからバイトに出て、しんどい仕事を3日もこなした。それもこれも、さぎりに喜んでほしかったからだ。2年も付き合っていて、しかもこれから大学生になろうというのだから、ちょっと高くてもペアリングを渡して、これからもずっと一緒にいたいという想いを精一杯伝えたのだ。
まだその日から1ヶ月も経っていない。
たったの1ヶ月で、俺の努力や想いは、さぎりには薄れているように見えてしまうのか?しかも、バイトの男のことが原因か?何故?関係ないだろう?
嫌なことがあって、辛いからこそ、相手の気持ちをしっかり聞かせてほしいという気持ちはわかる。だけど、俺のこの半年はどうなるんだ?
あぁ、まただ。また意味のない思考のループにはいってしまった。。

やめよう。
さぎりはさぎりなりに、本当は助けてほしいと思いながらも頑張っているんだ。。
まぁ、正直今回はいくらなんでも頼り過ぎだと思うけど。。



月曜日と火曜日は、いよいよ1回目の授業が始まったので、友達と一緒に受けた。
校舎内では時々峰岸さんともすれ違うけど、まぁ挨拶程度だ。
あの子のあの派手さとルックスの良さで、よくもまぁあんなに女性から好かれているなぁと思う。
俺が女子なら嫉妬して近づかない気がするけど。
彼女の魅力には、なにか秘密でもあるのか?


水曜日は珍しくフルに授業が入っているので、練習はできずにすぐに電車に乗った。
今日もバイトはある。
電車の中は結構暇なので、履修計画を立てるにはちょうどいい。
もしこのままの計画だと、レッスンは月曜と火曜。水曜日は授業がフルで、木曜は吹奏楽の授業がある。
すると、バイトを入れやすいのは火曜日と金曜日、かな?
こんな程度ではあるが、これをやるのとやらないのとでは、生活のしやすさが全然変わってくる。
それにしても、まだ4月だと言うのに随分と暑い。。場合によっては、香水をパライバにするのを少し早めてもいいかもしれないな。





。。。
いつまでも避けていられないよな。
そろそろちゃんと、さぎりと話そう。
このまま自分の頭だけで考えていたら、どんどん悪い方向に考えてしまう。
自分の気持ちが一人歩きし始める前に、まずさぎりの話をちゃんと聞こう。俺の思っていることは、それから少しずつ話せばいい。
そうだよな。時間さえあればちゃんと話せる。
バイトを少し減らして、2人の時間を増やせないか、提案してみるか!
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