交際期間0時間の花嫁 ――気がつけば、敏腕御曹司の腕の中――
「いって!」

 痛そうにわき腹をさするタカくんを、由貴が「今のは失言だよ」とにらみつけた。

「いい、タカくん? 長瀬さんはオフィシャルには、まだ長瀬リアルエステートのアメリカ現地法人の社長なの。だから式を挙げて、すぐニューヨークに戻ったんだって」
「それにしたって、あの若さだぜ。たいしたエリートだよ。あの人が創業者一族で、社長の長男なのは事実なんだし」

 声高に言い合いをしていても、実際には二人はとても仲がいい。今夜だって、由貴はカレー好きのタカくんのために、野菜、チキン、シーフードの三種類を用意し、サフランライスまで炊いたのだ。

 私と圭介さんもいつか由貴たちみたいになりたいと思っていたのだが――。

「ねえ、みずほ」

 そんな気持ちが表情に出てしまったのか、由貴が気遣わしげに眉を寄せた。

「ちゃんとわかってるよ。玉の輿狙いなんかじゃないって」
「ありがとう、由貴」

 一瞬、空気が少し重くなった。
 二人ともあの日の結婚式に参列してくれたし、圭介さんが消えたことも知っている。式から一週間が過ぎたが、私が今なお混乱していることも。

 たぶんフォローしようと思ってくれたのだろう。ふいにタカくんは上擦った声で笑った。

「じゃあ、あれだ。顔だろ?」
「タカくん!」

 タカくんは由貴の鋭い視線に少したじろいだが、さらに続けた。

「だって男の俺から見ても、とんでもない男前だったぜ? あれならプロポーズされたいかもって、ちょっと思ったし」

 私と由貴は顔を見合わせ、同時にふき出した。
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