恋愛タイムカプセル
 オムライスが運ばれて来たけど、私はなんだか胸がいっぱいであまり食が進まなかった。

 彼もそんなつもりじゃないだろうに、たった一言で彼は私の心を変えてしまう。

 彼が教えてくれたオムライスに美味しいと感想を言ってみるものの、緊張やら恥ずかしさやらで味のことなんて考えていられなかった。

 彼がこうして食事に誘ってくれたということは、前回の印象は悪くなかったのだろう。けれど、誘われるようなことをした覚えはない。

 彼が私に気があるなんて、そんなことはないはずだ。私はその理由を知っている。

 けれどこうして食事する理由が他に見当たらなかった。

 彼はオムライスを綺麗に平らげた。細い見た目に反して、量は食べれるらしい。私はあと少しの量と頑張って戦っていた。

「ごめんね、食べるの遅くて……休憩時間終わっちゃうよね。あれだったら置いていってくれてもいいから」

「別にいいよ。地下に行ってたとかなんとでも言えるから」

「地下?」

 私は首を傾げた。

「地下にも書庫があるんだ」

「すごい。まるでダンジョンみたい」

「図書館の利用客は入れないんだ。利用者から閲覧依頼があったら取りに行って渡すんだよ」

「へえ、なんだか特別だね」

「貴重書庫っていうのもある。そこは完全に入れないし、分厚い扉があって火事でも燃えないようになってるんだ」

「入れないなんて、なんだかもったいないね。大事な本だから仕方ないんだろうけど……」

「年に一度ぐらい、中を見れる日があるよ。希望者の中から先着順だけど、もし見たいなら案内する」

 私はレモンスカッシュが入ったグラスに突き刺さるストローをかき回した。炭酸が弾ける音がする。とてつもなく甘い空間に目眩さえしそうだ。

 目の前にはダサい男がいて、ちっとも似合っていない眼鏡をかけて、セットもしていないボサボサの髪型がエアコンの風に揺られてだらしなく揺れている。

 ちっとも素敵なシチュエーションじゃないのに、私の脳髄は蕩けかかっていた。

 それもこれも、彼が初恋の人だからだ。だから勝手に素敵に見えてしまうのだ。

 初恋は思い出のままがいいと聞いたことがある。夢が壊れてしまうからだろう。

 私の夢は壊れただろうか。まるでタイムカプセルを開けたときのようにかつての甘酸っぱい感情が胸いっぱいに広がった。

 オムライスはとっくに食べ終わっている。レモンスカッシュだって、もう残っていない。溶け出した氷をすすっているだけなのに、彼はまだ帰ろうとしなかった。
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