恋愛タイムカプセル
 後日、私はなぎさちゃんに呼び出され、張り手を喰らった。 

 初めて友達にふるわれた暴力だった。

 暴力と呼ぶにはいささか力が足りなかったような気もするが、それはまだ十七、八程度の小娘には大変なことだった。

 彼女は私に文句を言った。理由は、私が先輩に「なぎさちゃんと春樹くんが付き合っていることを教えた」からだった。

 私は驚き、呆気にとられた。内緒で付き合うつもりだとは思っても見なかったのだ。

 しかし、考えてみれば彼は人気者だ。騒がれたくないと思うのも無理はない。

 けれどあの時の私はそんなこと考える余裕もなく、辛くて辛くて先輩にそのことを喋った。よくないことをしたのは私だけど、打たれるほど悪いことだろうか、と思った。

 だって、彼女は春樹くんと付き合っている。この学校にいる誰より、彼に近い存在になった。彼女は勝者なのだ。それなのに、負け犬になった私を殴るなんて、ひどい。

 けれどこんなこと小心者の私に言えるわけもない。あまりよく覚えていないが、とにかく怒られた。

 私は傷心のまま日常生活に戻った。

 付き合ったというのに、彼らは校内で特別二人で一緒にいるところは見かけなかった。なぎさちゃんがバラしたくない、と思っていたからかもしれない。

 けれどその噂は私が喋らなくても勝手に広まった。そして、二人は一躍有名なカップルになった。

 私は知っていた。彼らが私の見えないところで二人一緒に帰っていることを。同じ塾に通っていたことも。

 学校にはミーハーが沢山いたから、彼らの噂は尋ねなくても勝手に聞こえてきた。私にとっては、知りたくもない情報だった。

 そんな折、私はたまたま美術室で彼と会った。私がたまたま一人でいたときだった。

 彼はなぎさちゃんを探しに来ていたのだろう。でなければ、美術室までわざわざ訪ねに来たりしない。

 なにがどうなったのか、私はこのタイミングを逃したくなくて告白をした。それは自分でも予想していなかったことだった。とても衝動的なものだった。

 その時私は、昔の武士みたいにせめて一太刀浴びせてやろうみたいな感情を抱いていた。このまま何も言えずに諦めるのは嫌だったのだ。

「私、春樹くんのことが好きなんだけど」
 
 だからなんだという告白の仕方だった。全く考えていなかったのだ。だから、頭が回らなくて変な告白になってしまった。
 当然、彼は「ごめん」と答えた。

「────ごめんね。迷惑だよね」

「迷惑じゃないよ」

 彼は謝る私にそう言った。春樹くんはとても優しいから、迷惑だ、なんて言えなかったのかもしれない。けれどその一言のおかげで、私はとても救われた。

 けれど諦めきれなかったしつこい感情は残ったままだった。

 振られるのは分かっていた。なのに私は心のどこかでひょっとしたら彼が私を選んでくれるかもしれない、なんて馬鹿な期待をしていたのだ。

 けれど私は選ばれなかった。なぎさちゃんの告白を受けてオーケーしたのに、私の告白に応えるなんてそんな不誠実な真似、彼がするわけがなかったのに。

 夏の日の出来事だった。
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