恋愛タイムカプセル
 ホテルに戻り、私はなんだか不安になって春樹くんに電話をしようか迷った。

 自分から電話をかけることはあまりないのだが、電話なんてしたらかえって怪しいだろうか。

 しかし、社長と浮気しているなんて事実は何処にもないし、誤解されているなら解きたい。
 
 一旦冷静になろうと、お風呂に入ることにした。バスタブにお湯を張ろうと蛇口を捻ると勢いよくお湯が出てくる。

 すると、その音に紛れて私のスマホの着信音が鳴った。

 慌ててベッドに置いたスマホを見に行くと、着信は先ほどまで私が気にしていたその人物からだった。

 濡れた手で何度か通話ボタンをタップし、ようやく通話が始まる。

「っごめん! お風呂にお湯溜めてたの」

 早口で言うと、電話の向こうで彼の笑い声が聞こえた。

 私はほっと胸を撫で下ろし、ベッドサイドに置かれたティッシュで手を拭う。

『今、平気?』

「うん。ホテルに帰ってきたところなの」

『そう』

 彼はそのまま沈黙した。なんだか重い《《間》》に、私は落ち着かなくてたいして広くもない部屋の中をぐるぐると歩く。

「あの────」

『ごめん。大して用事もないのに連絡して』

「そんなことない!」

 つい大声返事してしまった。なんだか、春樹くんを悲しませている……そんな気がしたのだ。

「あの、社長と飲んだことだけど、そういうのじゃないから。たまたますごく時間が余っちゃったの。駅前に何もなくて、それで時間潰そうってことになってそれで……」

『大丈夫。分かってるから』

 穏やかな声に促されて、私はやっと落ち着いた。

『ごめん。大人気なかった』

「え?」

『本当はさ、朝陽から「社長と飲んでる」って連絡が来た時、俺ちょっとムカついてたんだ』

 落ち着いたはずの私の心臓が再び暴れ始める。彼の口からムカついた、なんて言葉が飛び出すと思わなかった。

「ごめんなさい」と謝りかけた時、私の唇が動くよりも早く、彼の声が聞こえた。

『みっともないって思った?』

「……どうして?』

『俺、全然王子様じゃないんだ。幻滅してないかなと思って』

「そんな────私こそごめんね。春樹くんの気持ちも考えずに、軽率に言っちゃって……普通、嫌だよね」

『怒ってない?』

「怒るわけないよ」

 少し意外だったが、彼にも普通の男の子のような一面があったことを知れて嬉しかった。なにせ、私の中で彼は半分くらいまだ高校生の時の「王子様」のままだ。

 穏やかで優しい彼は怒りや悲しみとは無縁の存在。何処か、人間味のない存在だった。

 けれど今、私に《《お伺い》》を立てる彼はなんだか可愛らしい。この間は強気だなあと思ったのに、今日は年下みたいだ。

「でも、怒るかも。春樹くんが」

『……俺が?』

「今日の春樹くん、ちょっと可愛いなって思っちゃった」

 春樹くんはやや間を空けて、呆れたようにふっと笑い声を溢した。
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