あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお受けいたしかねます。

今から二年前の春に撮った、桜と『錦帯橋(きんたいきょう)』。
錦帯橋は、山口県岩国市にある五連のアーチが美しい国内屈指の木造橋。日本三名橋のひとつで、桜の名所でもある。

「おっ、すごい綺麗だ!」

驚きと感嘆の入り混じった声が上がり、わたしも得意になって写真をめくっていく。
小さな画面で見えづらかったのか、彼が覗き込むように私の方に頭を傾ける。その拍子に、ふわっと良い香りが鼻をくすぐった。

爽やかで若々しいのに、それでいてセクシーな色気を感じさせる香り。

(学生のくせに生意気っ!)

図らずしも心臓が跳ねたことが悔しくて、心の中で悪態をつく。
そんな私の心中(しんちゅう)を知ってか知らずか、彼は「五つのアーチが美しいな」と呟きながらわたしの方に更に身を寄せて、画面をのぞき込んでくる。

アルコールとは違う理由で頬が火照りそうになった私は、慌ててグラスの残りを一気に飲み干した。

「たっ……大将!生おかわりっ!」

グラスを持ち上げカウンターの中に向かってそう声を張り上げると、すぐさま「あいよっ!」と威勢の良い返事が返ってきた。

何気なく隣を見ると、彼もちょうどグラスを開けたところ。

「あっ大将!もう一杯追加でお願い」

「あ、僕はけっこうなので……」

「ん?遠慮しなくていいのよ?ついついわたしばっかり熱く語っちゃったし、お詫びとお礼を兼ねて、ビールの一杯くらい奢らせて?『袖振り合うも多生の縁』って言うでしょ?」

そう言って彼の肩をポンっと叩くと、暖簾のように垂れさがった前髪の向こうの、さらにメガネの奥の瞳が、大きく見張られたのが分かった。

(けっこうはっきりとした顔立ちなのかしら?)

そんなことを考えながら「遠慮しないで」という気持ちを込めてにっこりと微笑むと、彼がおずおずと口を開いた。
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