あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお受けいたしかねます。
どのみち今日でお別れ。さよならが小一時間早まった程度。
だから全然問題ナッシング、ノープロブレム無問題(モウマンタイ)だ。

すぅっと胸いっぱいに空気を吸い込んで「はぁ~」とゆっくり吐き出してから、胸の前でパチンと手を合わせた。

「さっ!済んだことをいつまでもグチグチ言っても仕方ないわね。せっかく早く来たんだし、さっさと着替えて雑務を済ませておくかな」

いつまでもグズグズしているのは性に合わない。ただでさえ今日は、三連休明けで仕事が溜まっているのだ。

さっさと仕事モードにシフトチェンジしようと、お腹の下の丹田(たんでん)にグッと力を込めて背筋を伸ばすと、ロッカーの中の制服に手を伸ばした。


制服を着て、更衣室の入り口横にある鏡の前に立つ。全身鏡での最終チェックは欠かせない。

接客業は身だしなみが第一。制服にシミやほつれが無いか、ストッキングに伝線はないか。―――なんて基本中の基本。万が一、スカートのファスナーが下がっていたら泣くに泣けない大惨事でしょ。

丸首のノーカラージャケットはロイヤルブルー。発色の良い青い生地と、襟、フロントライン、裾―――それらをひとつに繋ぐようあしらわれた黒いパイピングのコントラストが印象的だ。

下にシンプルな黒い膝丈スカートを履けば、“ツアーアテンダント”の出来上がり。

「オッケー……かな?」

右に左に体をひねると、鏡の中の地味オンナも同じように動いた。

鏡の中の地味オンナは銀縁メガネを掛けていて、背は平均より少し低めの百五十五センチ。
その割にある胸と腰のボリュームのせいで、ぽっちゃりに見えてしまうのが高校生の時からの悩み。痴漢にも遭いやすいのもきっとこの体型のせいだ。
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