年上王子の不器用な恋心

あゆは泣きながら必死に逃げていて、それを見ている母親たちはニコニコ笑うばかりで助けようとはしなかった。
さすがに可哀想になり、あゆを抱き上げた。

「お袋たちも笑ってないで助けてやれよ。鼻水まで垂れてるだろ」

呆れてそう言えば、二人の母親は口々にあゆが可愛いからと変な言い訳をして笑っている。
当のあゆはリッキーが怖いのか、俺にしがみついたまま離れようとしない。
膝から血を流しているあゆの靴を脱がせて風呂場に連れていった。
水で洗い流し、ティッシュで鼻水を拭いてやる。

「泣いていたら可愛い顔が台無しだぞ」

そう言うと、あゆは「おうじさま」と呟いた。
母親に消毒してもらえよとあゆに伝え、俺は勉強するために自分の部屋に戻った。

その後、何度かあゆと会ったけど、そのたびにキラキラした目で「ちひろくん、だいすき」と言って俺のそばに来る。
それはもう、雛鳥が初めて見たものを親だと思い込む刷り込みと同じレベルに感じた。
今は刷り込み効果があっても、時が経てば俺に興味をなくすだろうと考えていた。

年齢を重ねるたびに会う機会は減っていき、俺の方もあゆの存在を思い出すことが少なくなっていった。

中学、高校、大学を卒業し、今の会社『ラブイット』に就職した。
それなりに彼女もできたが、なぜか長続きはしなかった。
別れる前に『私のこと本当に好き?千尋の心はどこにあるの?』と言われたことがあった。
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