13番目の恋人
 ゆっくりしていけばいいのにと言った野崎さんに断りを入れて、彼と一緒にマンションを出た。部屋を出てから、短い距離だけど、手を繋ぐ。

 私が素っぴんだからと、家まで車で送ってくれた。
 
「体、つらくない?」
「うん、大丈夫」

 あちこち、痛いとは言えず、普段使わない筋肉を使うのだなと思った。帰ってからもう一度寝ようと考えていた。

 時間はあっという間すぎて、「もう少し一緒にいたかったな」そんな一言も言ってしまった。ダメ、だったかな。困らせるかな。
「俺も。落ち着いたら、ゆっくり一緒にいよう」そう言った彼の言葉を素直に受け取った。
 
 それが叶うか叶わないか重要ではなくて、彼がそう言ってくれて、同じ気持ちでいてくることが嬉しかった。
 
「キャトルカールでも1本買って、二人で1日かけてゆっくり食べよう。美味しいコーヒー豆もあるんだ。酸味が少なくて、ちょっと苦味が強くて芳醇で、合うと思うな」
「うん、楽しみ。お仕事、頑張って」
 
 手を振る彼を見送って、私も自分の家へと入った。
 
 ラウンドテーブル、高さの合った椅子。ふかふかのクッション、たった一晩帰らなかっただけなのに、随分と、無機質に感じて
 
「ただいま」誰もいない部屋にそう言った。
 
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