唇を濡らす冷めない熱
Prologue


 一目見てその人の事を好きになる、そんな言葉はこれっぽっちも信じてなんかいなかったけれど。でも、それもあり得るんじゃないかって思えるような出来事が私にも起こったの。
 もっとも……私の場合はその人に一目惚れしたのではなく、一目嫌いになったわけなんだけれども。

 ※※※※

「ねえねえ、メチャクチャカッコ良くない? 新しい課長の梨ヶ瀬(なしがせ)さん!」

 女子トイレできゃあきゃあと騒いでいる女子社員の言葉に、つい耳を傾けてしまった。話題になっていたのは先程挨拶を終えたばかりの本社から来た男性。

「いいよねえ、前の課長代理だった御堂(みどう)さんとはまた違った魅力で」

 ミーハーなのは私も同じだったけど、今回ばかりは彼女達に同意する気にはなれなかった。

「私はそうは思わなかったけど? なんだか裏表あって、本性はろくでもなさそう」

「ええーー? 横井(よこい)さん凄く厳しくない?」

 私の評価が気に入らなかったのか、彼女達はああでもないこうでもないとまた騒ぎ出した。いいけれどね、別に本気で聞いてくれなくても。
 そんな風に思いながらお手洗いを出ると、すぐ傍に噂の人である梨ヶ瀬さんが立っていて……

「俺ってそんな風に見えるんだねえ、横井さん?」

 微笑んでいるはずなのに全く感情の読めない梨ヶ瀬さんの瞳に、今まで感じたことのないくらいゾッとした。


 ……この時の発言をしっかりと聞かれてたこと、それが私の運命を大きく変えてしまったのかもしれない。


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