唇を濡らす冷めない熱


横井(よこい)さん、金曜の夜が暇なら一緒に飲みに行きませんか? 眞杉(ますぎ)さんやコイツもくるんで」

 水曜の昼休み、一緒に昼食を取っていた鷹尾(たかお)さんからそう言われ私はふと思い出す。確かその日は伊籐(いとう)さんが帰国する日で、私は彼を迎えに行かなくてはならない。
 眞杉さんがいれば私が参加すると思ってるのか、梨ヶ瀬(なしがせ)さんは笑顔でこっちを見ている。そういう何でも分かってます、って顔が好きじゃない。だから……

「ごめんなさい、その日は予定が入ってるの。私にどうしても迎えに来て欲しいってうるさい人がいて」

「……へえ、それじゃあ仕方ないね」

 そういう鷹尾さんの顔は引きつっている、隣にいる梨ヶ瀬さんの纏うオーラが一気に妖しいものへと変わったからだろう。さわやかな笑顔を浮かべていても付き合いが深くなると分かる、梨ヶ瀬さんの不機嫌。

「そのうるさい人って女性、それとも男性?」

「男性ですよ、結構カッコいい感じの」

 そう返せば眉をピクリと跳ね上げる梨ヶ瀬さん、分かりやすい反応ですね。この前の遊園地の一件以来、彼は私にに対する嫉妬を隠すのは止めたらしい。
 でも、それっておかしいですよね? 私達は上司と部下の関係でしかないはずなんですから。

「ふうん、気を付けてね?」

「ええ、ありがとうございます」

 梨ヶ瀬さんはそれきり黙り込んで、私とは目も合わせようとはしなかった。少しやり過ぎたのかもしれない。


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