唇を濡らす冷めない熱


「そう言う冗談は置いておいて、その元カレが君に接近してくる可能性は多いにあるはずだよ。麗奈(れな)も用心はすると思うけど、それでも俺としては一人での行動は控えて欲しいかな」
「冗談ではないんですけどね。でも気を付けますよ、あの人と関わって良い事は無いと思いますから」

 最初は好き合って付き合ったはずなのに、元カレと別れるのにはかなり苦労したのだ。原因の半分は私にあるとしても、彼から受けた仕打ちは今も忘れられない。
 こうして過去を思い出すだけで、鳥肌が立ちそうになるほどの恐怖も私の中に残ってる。

「麗奈、ボーっとしてどうしたの?」
「え、ああ……すみません、お茶も出さずに。今コーヒー淹れてきますね」

 思い出しかけた過去に捕らわれそうになった私を、梨ヶ瀬(なしがせ)さんの声が現在に戻す。そう、あれは全て過去の事なんだから今の私には関係ない。そう思いたいのに……
 ケトルを持つ手が震えている、ああやって元カレに強気で出られたのは隣に伊藤(いとう)さんがいたからだ。もしあの時、自分一人だったらきっと――
 最悪のケースを思い浮かべ、それを振り払うように瞼をぎゅっと閉じようとしたその時。

「俺がやるから、麗奈はソファーで待ってて」
「え、でも……」

 いつの間にかキッチンに入ってきていた梨ヶ瀬さんが私からケトルを奪い取る。ここは私の部屋だし、一応お客さまの彼にそんな事をさせるのは気が引けるのだけど。
 
「そんな青白い顔してるんだ、君が何を思い出してるのか知らないフリをする気はないんだよね」
「そう、ですか……」

 これは後で過去を洗いざらいはかされる事になるんだろうな、と気を重くしつつお気に入りのソファーへと身を沈ませた。


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