唇を濡らす冷めない熱


「あの時の事は勿論感謝している。だが、横井(よこい)さんが紗綾(さや)に特別な感情を持たないとは言い切れない」

 へえ、そうきましたか。否定はしませんよ、だって私も主任大好きですし? だからと言って恋人である御堂(みどう)さんに妬いたりしませんけどね。
 静かに火花を散らし合う私達を見て、主任は慌てて間に入る。

「そういえば横井さん、私に言っていた話したい事というのはもしかして例の梨ヶ瀬(なしがせ)さんって人についてなの?」

 大好きな主任の口から聞きたくない名前が出てきて、一気に気分が悪くなる。話をしなきゃとは思っていても、やはり考えると気が重くなってくる。

「すみません主任、その名前を休日にまで聞きたくないんです。蕁麻疹が出そうな気がして」

 そんな私の言葉に彼女はキョトンとしているが、心の平安を保つためになるべく耳にしたくないのよ。
 こうやって私が悩んでいるのも、もしかしたら梨ヶ瀬さんの計算の内なのかもしれない。そう思うと余計に腹も立って来る。

「ねえ、横井さん。その……彼のどんなところが嫌なの? (かなめ)から聞いた話では明るくて人に好かれる優しい男性なんだって」

「騙されてます! 主任も御堂(みどう)さんもあの男に騙されてるんです!」

 はあ? 御堂さんはどこに目をつけてるのよ、やり手な課長代理だと思ったのは私の勘違いなの?
 明るくて人に好かれる、そんなのあの人の表面だけじゃない! 本当の梨ヶ瀬さんは意地悪で、計算高くて、それで……どんな笑顔でも心からは笑っていなくて。
 ちょっかい出してくるくせに、その私にも素顔は見せようとはしない。あの人は、そんな狡い人なのに。


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