魔族の王子の進む道
今自分がいる場所は、自身が下位の存在としてしか見ていなかった、低魔族達の小さな集落。
自分に相応しい、高貴な場所も有りはしない。
何も言わず、多少無理をしてでも帰れば良かったのかもしれない。しかし、彼は帰らなかった。
しなければならない要務もある。娘は助けたのだから自分がいる必要はもう無い。

だがなぜかよく分からないが、何かが気になって仕方がなかった。


少しして、隣の部屋から小さな話し声がする。
壁は薄い。彼が魔力を使う事なく、よく聞こえた。

「お前が無事で良かったわ…!…巻角族の貴族様達が、お前なら年相応で王子様のお相手に相応しいなんて言ったから……。止められなくてごめんなさいゼラ……」

「良いんだよ〜母さん。あたし、憧れの王子様に会えたんだもん。」

悲しげな母親の声と、変わらず明るい娘の声。
母親は一呼吸置き、小さな声で聞いた。

「…何か、されなかった…?」

「何か?王子様に??」

母親が声を抑えたからか、娘も少し小さな声で答える。

「え〜と…お名前を教えてもらって、お話して……身体を心配してくれたあと、抱きしめられたんだけど、興奮してたみたいで角を掴まれちゃったから、痛いって言ったら、出て行けって…」

娘はまた肝心なことを言わなかった。
今までは羞恥心があり、相手が他人にだったからかもしれないが、実の母親であろう彼女にすら、娘は身体を奪われた事実を黙っている。

「…何故……私はお前を……」


「あぁ…ゼラ……!!」

泣き崩れる母親の声が聞こえた。

娘想いの母親…。自分はそんな母親から、大切な娘の身を散らした上、命まで奪ってしまう所だったことに、改めて気付かされた。

母親だけではない。この集落の者たち皆が、この娘を心から心配していたのだ。

怒りに身を任せたばかりに、次期王ともあろう者が弱き民の命を奪うなど、許されることではない。

「大丈夫だよ!嫌われてないよ、あたし、きっと!それに弟王子様が見つかったら、きっと王子様、元気出してくれるよ!!」

「でもねゼラ…弟の王子様は、王子様が魔界中見渡して探したはずなんだから、別世に引きずられたのかもしれないのよ…?私たちには探しに行くことができないほどの場所なのだから…」

母親は、これ以上の無理をして欲しくないためか、懸命に娘に語りかけた。

「そっか…。」

娘は考え込むように、呟くようにそう言った。
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