あなたのためには泣きません


気づけば、会社の最寄り駅で電車を降りて、ロータリーに立っていた。
時刻は17時。
5月の夕方はまだ昼間のように明るい。

とりあえず、会社に戻らなければと思いながら足を踏みだした時。

ポタっと、足元に水滴が落ちた。
雨かと思ったそれは、気づかないまま私が流した涙だった。

「え?」

自分でもびっくりしたけれど、涙が後から後からあふれてくる。
あわてて鞄の中からハンカチを取り出すと、そのまま近くのベンチに座り込み、止まらない涙を抑えつけた。

辛い。とても辛い。心が痛い。

どうして?なんで?

誰に向けるでもない疑問符がわいてくる。

年始に籍を入れて、、、、ということは、この5か月すでに山中さんは既婚者で、永遠を誓い合った人がいた。
それどころか、その前から、ずっと誰かの恋人で。山中さんが愛する人がいたんだ。

私が一人でうきうきしていた時間に、すでに私は失恋していた。
山中さんの製品を勉強している時間も。
山中さんを思って靴を選んでいる時間も。

そんな時間すべて、本当は無駄だった。

山中さんのことなら、小さなことでも見逃さないと思っていたつい数時間前の自分がとても恥ずかしかった。
とんでもない思い上がりだった。

私は何も見えてなかったんだ。
山中さんのこと。

そして山中さんは、私なんてちっとも見ていなかった。

そう思うと、ますます涙はあふれ出てきて、いつの間にか肩を震わせて泣いていた。

お母さん、素敵な靴だけど。私にはだめだった。
そんな魔法、私にはかからなかったよ。

そう思いながら、涙はあとからあとからあふれてくる。

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