パラサイト -Bring-
終礼が終わり、みんな気が抜けたように帰り始める。やはり、慣れない場所は疲れるものだ。
さっきまで話していた万由子と、なんとか帰れないかと思っていたが、さすがに無理だろうとも思っていた。
「万由子、一緒に帰ろうぜ!」
「快斗くん。同じクラスでよかった」
思った通りだった。
いや、自惚れていたのかもしれない。一目惚れの相手と、こんなに早く仲良くなれると。そりゃあ、こんな可憐で綺麗な人であれば、恋人がいたっておかしくない。何を期待していたんだろうか。
「あっ、紅馬くん!」
「ん?」
「一緒に帰ろうよ!」
「い、いいのか?」
「俺も賛成だぜ」
隣にいた…快斗も似たような笑顔で笑いかけてくれた。まさか、そんなことを言ってくれるとは思わなかった。てっきり疎まれると思っていた。
「…一緒に帰ろう」
「やったぁ!」
「喜びすぎじゃねえの?」
「だって、新しいお友達と帰りたいでしょ?」
友達…か。まあ、そうだとは分かっていた。でも、いつかその先に行けたら、なんて思う自分がいるのも恥ずかしかった。どれだけ都合よく考えれば気が済むんだろうと。


「快斗くん、だよな?よろしく」
「覚えててくれたか!サンキュー紅馬くん」
「呼び捨てでいいさ」
「だな、俺もそうしていいぜ」
「助かる」
快斗と話してみて、なんとなく思った。たぶん人気者の類いだ。同性の俺にもフラットに接してくれる人は、誰からも好かれる。これはどの世代でも通じることだ。
「紅馬はどっから来たんだ?」
「鳴門からだ」
「鳴門って…たしか、大都市だよね?なんでこんな田舎に来たの?」
「親の仕事でな。転勤族ってやつだ」
親父が仕事人間で、単身赴任を繰り返している。お袋も現役で、出張や転勤を繰り返している。俺は、ずっとお袋について来ていた。
「じゃあ、お母さまと…?」
「いや、お袋が転勤族。親父が単身赴任だ」
「大変だな…じゃあ、親なんていても、いないようなもんじゃねえか」
「まあ、そうなるかも」
「…そうだ、今度の休みに紅馬くんの家にお邪魔しない?それで、美味しいご飯いっぱい食べるの!」
急な提案に、俺と快斗は戸惑った。快斗が来るのはまだしも、その…女の子を家にあげるのは、どうなのか。しかも、知り合ったばかりなのに。
「どうせ、コンビニ弁当とかでしょ?」
「…当たり」
「ほら。私を舐めてもらっちゃ困りますよ」
「さすが、探偵だな」
「フフン」
「紅馬、万由子に隠し事は無理だからな」
「そうらしいな」



というわけで、急遽決まった遊びの日。まず家の中を片付けるか…とは言っても、俺の部屋に荷物は無いようなもの。殆どが学校関連のもので、娯楽のものなんて無かった。
どうしたものか。なにか、ゲームでもできそうなものでも買ってくるべきか…?
「トランプとか…」
トランプで知ってるもの…ババ抜きと、大富豪と、ブラックジャックあたりか。
「それだけじゃ無理だな…」
遊べるものもそうだし、お茶やジュースなんかも用意するべきだろう。あとは、菓子類もあればいいかな。
その時、横目で本棚を見た。あるのは辞書、辞書、参考書、参考書、雑誌、問題集、問題集…
まるで面白く思えるものがない。仕方ないと言えば仕方ない。小さい頃から友達はほとんどいなかったから、友達は問題集と言っても過言ではなかった。幸い、新たな知識を身につけるのが好きだったから、辞書もよく買ってもらっていた。当時の年齢には分不相応な本を望む俺を見て、両親はおそらく不安とともに期待も抱いたのではないだろうか。どこか有名な大学や企業に入ってくれるとか、トップレベルの成績を出し続けてくれるのではないかと。
だが、それも今や仇となってしまった。本の一つでもあればせめてよかったのだが、物語には疎かった。学校の授業程度ができれば、差し支えがないと思っていたからだ。
「推理小説…買ってみるか?」
使うアテがなかった貯金を、ようやく使えそうな気がした。遊びには行かないし、ゲーム機なんかを買う気もなかったし、お菓子なんて数ヶ月に一度食べるかどうか。そんなペースだから、月に三千円もらっていた貯金も、溜まる一方だった。
「…四十万円?」
なんだかんだ、近所の人からお年玉やお小遣いをもらうことも多かったから、気付けばこんなに貯まっていた。どれだけ使っていなかったんだろう。
家の冷蔵庫だって、そこまで多くの食材はなかった。日持ちのするものか惣菜。水とお茶はかろうじてあったが、常備しているわけではなかったから、無いことも多かった。
ここでも小さい頃からの習慣が逆効果となった。ジュースも、ただ甘たるい水としか思っていなかった時期も長かった。今は流石にそんなことはないし、たまに飲んだりするが、そこまで好きなわけではない。気が向いた時に250mlのペットボトルを買う程度だった。
「…買いに行くか」
申の刻。まだまだ時間には余裕があった。近くのスーパーに行けば、お菓子や飲み物くらいは大量に置いてあるだろう。ついでに本屋が併設されていたら、寄れるはずだ。
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