わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)

 いつものように「Visitor」のネームプレートを首から下げて、指定された階へ行くと、杉岡さんは小さな会議室を借りていてくれた。

「新聞報道の件か」

 私が椅子に座るなり、杉岡さんが単刀直入に言う。確かにこんな話、外では出来ない。私は杉岡さんの顔を見ながら頷いた。
 社内では宮様ファンクラブの方々が真っ先に気づいて、あっという間に噂が駆け巡ってるらしい。元々「橘部長に彼女が出来た」という噂は広まっていたから「あの噂は本当で、女優と付き合っていた」「許せない」と朝から怨嗟が渦巻いているらしい。想像するとかなり怖い……。

「実は俺も知らなかった。あの人があんな……ちょっと想定外だった」

 杉岡さんが知らないって事は仕事関係じゃない。完全にプライベートだ。ますます暗鬱な気持ちになる。

「接点がどこにあったかもわからない。ただ、私が同伴しない私的な交遊関係での集まりもあるだろうからな。まあ女性には好かれる人だから相手が女優だろうが何だろうが不思議じゃないが、あんなに君に執着していたのに、と俺には信じられない」

 私を嫌ってるはずの杉岡さんが、何だか私を心配してるような顔をしている。この人に相談することにしてよかったなと思いつつ、私は言った。

「結婚式を延期したいと言われました」

 杉岡さんが驚いた顔をした。少し黙ってから、低い声で言う。

「……俺は聞いてないぞ?」
「でも言われました……」
「理由は?」
「言えない、と」
「なんだそれは。俺は聞いてない!」

 杉岡さんが身を乗り出すから会議室の机がガタンと鳴って、ちょっとびくっとしてしまった。杉岡さんは宮燈さんの行動に怒ってるみたいだった。
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