わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)

 私が慌てていると、急に端末を取り上げられた。見上げたら、橘部長が私のスマホを持って見つめている。何してんの? と思っていたら何気ない仕草で通話を切った。

「橘部長ー! 何してるんですかー?!」
「用件は終わったんだろう? だから切った」

 電源も落として、橘部長が言った。

「"塩見晴樹"?」
「バイトの、先輩です」

 何故か詰問されているような口調で、私は内心びくびくしていたけれど、橘部長はやっぱり無表情だった。そのままスマホを返してくれないから手を出したのに、無視して話しかけてくる。

「……君の家は今出川だったな」
「そうですけど、何で知って…………ああ、そりゃ履歴書見てるから知ってますよね」
 プチストーカーだもんね。

「あの、スマホ返してください」
「いやだ」

 橘部長は無表情で、私のスマホをスーツの胸ポケットにしまいこんだ。
 私が「いやだ、って子供ですか! 人のものを勝手にとるのはドロボーですよ! ドロボー!」と言って、橘部長に迫っても、全然返してくれそうにない。それどころか、私を一瞥して門の方へと歩き出した。慌てて追いかけたけど、怒ってるようにしか見えない。

「スマホ返してくださいよ!」
「君の家に着いたら返す」
「家? ってうちに来る気ですか?! え! ヤダヤダヤダ!」
「同乗するか?」

 門の外まで出ると、そこに停まっていたのは黒塗りの高級車だった。これ、追突してはいけないやつじゃん。
 白手袋の運転手さんが降りてきて、後部座席のドアを開けて待っている。本当に存在するんだ……。

「一緒に乗り込むなんて目立ち過ぎます。私は自転車で帰りますから……」
「わかった」

 いやだと言っているのに、私の家に行くのはもう決定事項らしい。それより、スマホを返して欲しい。個人情報の塊なのに。そう思って口を開こうとしたが、先制された。

「電源は入れない。情報を抜いたりしない。君の家で必ず返す」

 塩見さんからの連絡を絶対に受けて欲しくないんだろうな、と思った。無表情だけど、若干の苛立ちが見て取れる。仕方なく私は、その条件でスマホを預けることにした。
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