わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)

12. 橘部長がご挨拶する

 岡山市内、旭川近くの住宅地。
 うちの狭い実家に、橘部長が居る。
 物凄く違和感があった。

 工場の横にある掘っ立て小屋みたいなのがうち。ボロボロだけどリフォームするお金もない。なんとなくじめっとしてるし、常にどこからか隙間風が吹いてるからいつも寒い。

 玄関からすぐが居間で、そこに卓袱台がある。廊下などというモノはない。申し訳程度に暖簾があるけど、これも物心ついた時から同じ花柄。もうくすんで全体的にクリーム色になっている。元々何色だったか覚えていない。

 両親と向かい合って、私と橘部長が並んでるけど、実家なのに落ち着かない。座布団も一番綺麗なのを出してきたんだろうけど、明らかにお粗末。そこに、いかにも高級そうなスリーピースのスーツを着た橘部長が、優雅に正座している。
 ……うん、やっぱり物凄く違和感がある。

 台所にいる何も知らない中学生の弟が、高校生の妹に向かって「あのおじさん何しに来たん? 区役所の人?」とこそこそ話してるのが聞こえる。借金取りには見えないから、お役所とか税務署の人に見えなくもない。そのおじさんは一切の表情筋を緩めることなく口を開いた。


「お嬢様である、桜さんとお付き合いさせて頂いております。結婚をお許しください」


 両親が絶句していた。
 弟は「え、誰がお嬢様? 姉ちゃん?」と呟いていたが誰も返答しなかった。わりとしっかり者の妹も両親同様にぽかーんとしている。

 結婚を前提にお付き合いしている人が挨拶に行くから、こういう人だから、と事前に伝えてはいたけれど、橘部長を目の当たりにしたら現実味が無かったんだろう。

 机の上に置いてある京都の老舗・鍵善良房の手土産の横に橘部長の名刺。見るからに仰々しい肩書。
「株式会社双葉 取締役常務 人事部長 橘宮燈」
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