イケメン年下男子との甘々同居生活♪
 窓の外が結露で見えにくくなりはじめた。
 こうなると、外は寒すぎるし、本格的に家から出たくなくなる。
 そして、私は未だにベッドの中で丸まっていた。

「無理、動けない。この寒さに対するお布団の魅力って抗えないわよね」

 寝返りをすると、ふわっと漂ってくる樹くんの残り香に心がくすぐられてしまう。
 そして寂しくなる心……何を隠そう本日はお休みなのだが彼の姿はどこにもない。

 最近は朝早くから大学か仕事に行って帰りは私よりも随分と遅かった。

「なんだろう、会えているけれど寂しいかも」

 枕に顔を半分埋めて漏らしてしまう。
 外の寒さは勢いを増しており、今年は本当に雪が降るかもしれない。
 それと同時に私の心の中も寂しさを感じていた。

「でも、頑張っているのよね」

 平日にできない仕事を休日にこなすために出社しており、勉学が落ち着くともっと楽になるのだろうけど卒業する春までもう少し時間がある。
 でも、疲れているが楽しそうで凄くイキイキとはしていた。
 だから、私は応援したり話を聞くぐらいしかできないけれど、彼を止めるような言動はしていない。

 さすがに倒れたらダメなので、その前には無理やりにでも休ませるつもりだ。
 
「うぅ、私も動きますか」

 のそのそとベッドから這い出ると、簡素に自分の身支度を整えていく。
 本当はもっと一緒に過ごしたいけれど、樹くんの勢いを損なわせることだけはしたくなかった。

「一生懸命走れるのって本当に一瞬だから」

 自分が営業部を去る理由を感じた瞬間は、たった一度だけ後輩に「神薙さんは少しでも俺たちを信用して任せてください!」って言われたことがきっかけだった。
 全部自分で背負って、無理してがむしゃらに走ってきた二十代、他の人ができないなら私がカバーすれば良い。
 
 そんな感覚で物事を考えていたのだけど、違っていた。
 
「ダメね本当に……」

 自分がなんでもできると勘違いして、周りをすっぽり置いていた現実を知るまで随分と時間が必要だった。
 だから私は新しい環境で働きたく、一度は退職願を提出したのに、社長が企画部への異動を提案してくれたれ今にいたる。

「嫌われていたと思ったのに」

 営業部を去るとき、ただ黙々と異動の準備をしていたら部長訪ねてきてこう言ってくれた。

「寂しくなるな」

「まさか、心にもないことを」

「おいおい、随分と棘があるじゃないか」

 苦笑しながら私に紙袋を差し出してくれる。
 
「なんですかこれは?」

「開けてみろよ。俺にはわからん」

 がさがさと袋の中身を確認すると、そこには紫色をした小さな箱が入っている。
 不思議に思い取り出すと、なぜかざわざわと私の周りに営業部の人たちが集まってきた。

「?」

 後輩の女性が心配そうに私を見つめてくる。
 え? なになに? 怖いんですけど……。

「こ、これって?」

「は、はい! 私たちから神薙さんにです。す、凄くお世話になりましたし勉強させていただきました! これから別にいかれるということでしたので、す、少ないですが……」

 私にプレゼント? そんなわけない。
 震える手で箱を取り出して開けると、出てきたのは品があるけれども女性らしさをどこかに隠している腕時計が現れた。

「え? こ、これ私に?」

 コクリと頷く面々、自分が愛用していたのはリクルート時代から使っていた安い時計で傷も多く見栄えは悪い。
 愛着だけがあって、中々変えられずにいたが……。

 自分の時計を外して、受け取ったモノをつけてみる。
 まだ私の体に馴染んでいないのか、違和感を感じるのだけど凄く素敵な代物だった。

「あ、ありがとう……嬉しいわ」

「こちらこそ! 神薙さんなら別でも絶対活躍できます」
「もしこちらの業績が落ちたら戻ってきてくださいね!」
「今までありがとうございました」

 私に別れの挨拶をしてくれる。
 茫然と、ただ聞いて頷くことしかできない。
 すると、後ろから部長が戻ってきてぼそりとつぶやいた。

「な? 本当だろ?」

 その日の帰り道、誰もいない場所でうっすらと泣いてしまったのを思い出した。
 もう少し、ああしてあげられたら、こうしてやれたかも……後悔と嬉しさがごちゃごちゃと混ざった不思議な感情。
 だから、次の部署では営業部の経験を生かしていこうと思い今まで過ごしてきたけれども、ちゃんとやれているのかはわからない。

「でも、あのとき立ち止まらなかったらここにはいなわね」

 涙を拭いて歩き出そうとしたとき、ふと目に入った広告にくぎ付けになる。
 このマンションが建てられる。
 建設予定地や完成予定日など、薄暗い夜にめをこらして読んでいく。

「なんでかな? 買おうって思ったのよね」

 幸いなことに、予算内で立地条件や諸々含めこれ以上ないほど魅力的な物件に私の心はドクドクと脈打ち始める。
 何かと何かがつながり、今こうして過ごしている。
 それは不思議な「縁」なのかもしれない。 どこで、どんなことが起きるのか予想は誰にもできない。

 本当に不思議なことが重なり、私は一人でいる時間を寂しく感じるまでになっていた。
 椅子に座ってカリっと親指の爪を軽く噛んでしまう。
 久しぶりにでた癖、子どものころ両親が忙しく暇な休日を過ごしていたときによくしていた。

「何かしようかしら」

 無意識にテレビの電源をつけて動画投稿サイトのアプリを起動させると、閲覧履歴をたらたらと観ていくが何もピンとくるものがない。
 
「本は……なんだか重いのよね」

 読みかけの親書をとりだして、しおりの場所から読もうにも目が進まない。
 こうなったら! 私は外へでる決心を固めて準備をした。
 しかし、現実は玄関から既に寒い……なんなのよ! どうやってらこんなに冷えるのかしら?
 
「うぅ……き、気合よ! 気合」

 自分を鼓舞しながら外に出ると、ぶわっと冷たい風を感じる。
 手袋と服の間からひゅわっと入り込む風に全身が反応してしまう。

「ま、負けない!」

 謎の闘争心を燃やして歩き始める。
 仕事のときは我慢できるのに、オフになるとこうも耐えられないんなんて、どうなっているの?
 
 目的は無く、ただカツカツと歩くだけのこと。
 ただ、ちょっと遠くから漂ってくる香りに私の心は踊りだし、それに向かって体が自然と方向をかえていた。
 
「うわぁ! 美味しそう!」

 スーパーの店先に建てられた今川焼の店舗、フワフワとした生地に甘い匂いが私の鼻を刺激してくる。
 
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