Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―

 アキフミのことをレイヴンくんと呼ぶ紡は、レイヴンクロウとして彼がバンド活動を行っていたことを知っているのだろう。思ったとおり、彼もかつてバンド活動を行っていて、何度かライブハウスで共演していたことが判明した。

「趣味でウッドベースをかじってましてね。レイヴンクロウとはピアノのジャズセッションで競いあったものです」
「紡が雲野ホールディングスの御曹司だなんて知らなかったけどな」
「俺だってレイヴンくんの正体が紫葉リゾートの新社長だって知って驚いたよ。ピアノしか弾いてないジャンキーだったくせに」
「いろいろあったんだよ……もういいだろ、こんな話」

 わたしが思った以上に、世間は狭い。

「ネメちゃんも災難だね、こんな男につけ回されて」
「オイこらそれどういうことだ? つーかネメちゃんって呼ぶのやめろ鳥肌が立つ」
「別にレイヴンくんが鳥肌立てる分にはなんの問題もないさ。ねぇ、ネメちゃん」
「……えっと、はあ、そうですね」

 しどろもどろなわたしの応えに、アキフミが呆れた顔をする。

「……ネメ。彼が遺言書を用意していたという話は俺も添田から聞いていた。ただ、今回の場合、それが効力を発揮できるものなのか、疑わしい部分もあったから」
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