Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―

「まあ。二十六歳っていうけれど、苦労をされていらしたからかずいぶん老け顔よね。てっきり三十路を越えてらっしゃるのかと思ったわ」
「それは褒め言葉でしょうか」
「ええもちろんよ。社長の威厳って、そういうところからも判断されるんだから」

 平民育ちの貴方は知らないでしょうけど、と嘲笑するような彼女の声に、頭が痛くなってくる。俺も調子に乗って酒を飲みすぎたかもしれない。それでいてあの自己主張の強いピアノの音色だ。あんなのと毎日過ごすだと? たとえ良縁だとしても俺には無理だ。

「でしたら俺からも一言よろしいでしょうか」
「あら、何かしら?」

 チーン、とエレベーターが最上階へ到着する。開くボタンを押して、彼女を出してから、俺はしずかに声をかける。自分の足は未だエレベーターのなか。
 ポッ、と頬を赤らめてこちらを向く詩に、俺は容赦なく彼女に告げた。

「お部屋まで貴女をお送りすることは俺にはできません。俺には心に決めた女性がいるのです」
「え」
「申し訳ありませんが、ご縁がなかったということで」
「ちょ、ちょっと……!? ここまできて女性に恥をかかせる気ですの?」
「恥もなにも。俺は事実をお伝えしただけです。それからさっきのピアノ……技術は素晴らしいですが、あれでは音を殺してしまう」
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