Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―

 小難しい文字が淡々と記されている書類の上部には「鏑木音鳴」と記されており、この屋敷ではなく、なぜか“星月夜のまほろば”三号棟のある場所が本籍地になっていたからだ。

「須磨寺音鳴、じゃなかった……」
「見事なまでに騙しきったんだな、喜一さん。下手すれば結婚詐欺で訴えてもいいレベルだよ」
「……だけど、どうして?」

 軽井沢に来てから自分の名前を名乗ることも特になかったし、夫の後妻で不都合がなかったため気にしたこともなかったが、彼ははじめからわたしと結婚していなかったのだ。ただ、わたしの新しい本籍地にした場所が、別荘地の一部にされているというのが不可解だけど。
 そんなわたしの顔を見て、紡が「まだわからないの?」と呆れた顔をしている。ふと隣を見れば、アキフミまで「そうか、そういうことか」とひとり納得した顔をしている。

「失礼なこと言うけど、喜一さんにとってみたらネメちゃんは法的な相続人であろうが特別縁故者であろうがどっちでも良かったんだと思うんだ。極論だけど、遺産を託せる相手がいれば、誰でも良かった」
「法的な相続人が皆無で、特別縁故者もいないとなると、須磨寺が死んだ際にこの土地をはじめピアノや全財産が国庫に没収されていた可能性もある……それは最悪の場合だが」
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