Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―

 別荘管理、清掃の仕事をしているネメがふだん出入りをしている室内で、重たい置き物を動かしたり額縁に入った絵画をわざわざ掃除することは年に一度くらいしかないと言っている。インテリアに紛れさせている可能性が高いのは俺も考えていたが、額縁のなかに忍ばせた可能性は思い浮かばなかった。ネメは管理庫にあった小さな額縁用の鍵も持ってきている。たぶん、額縁のなかの、絵画の裏側に遺言書が隠されていると、確信しているのだろう。

「と、とにかくふたりきりでコテージに泊まるだなんて……きゃっ!」
「ネメ!?」

 ズボッ、というおおきな音とともに先を歩いていたネメの身体が沈む。どうやら泥に足をとられて転んでしまったようだ。慌てて立ち上がらせ、「大丈夫か」と確認すれば、彼女は恥ずかしそうに顔を赤くして「平気よ」と強がっている。あたまから足の先まで泥と木の葉がかかった状態で「平気」も何もないだろ、と俺は呆れながら彼女を抱き上げ、三号棟の鍵を奪い取る。

「ちょ、っとアキフミ! 彼方にまで泥がついちゃう!」
「どうせこんな天気だ。それに、俺も一緒に汚れれば一緒に風呂に入れるだろ?」
「……もぅ、やだ、変態っ!」

 そう言いながらすりすりと顔を胸元に寄せてくるネメを見て、俺は笑う。
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