Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―

 本籍というものは住所地に関係なくても国内に所在があれば東京タワーだろうが皇居だろうが構わないものなのだという。俺はそこまで詳しく知らなかったが、紡が親切にもあれこれ教えてくれたためネメの戸籍の現状や遺言書次第で起こりうる相続の可能性については理解することができた。
 ……いま思うと紡がネメと結婚したいと騒いでいたのはパフォーマンスでしかなかったのだろう。俺に遺言書探しを託して静観を決めたのは、結婚できなくても雲野ホールディングスに遺産の一部が転がり込むと信じているからだ。現に彼の父親は須磨寺と生前に屋敷にある壺を譲渡するとかしないとかで相談していたという。土地やピアノははじめからあてにしていないとのことだった。ただ、ネメと俺の恋路をからかって面白がっていたのは事実だと、清々しいまでに言われたときには呆れて何も言えなかった。ネメを怖がらせた俺の嫉妬心を返せ。
 どっちにしろ、実際に見てみないとわからないのだ……絵画の入れられた額縁のなかに隠されているであろう遺言書を。

「この額縁、鍵がついているんだな」
「珍しい?」
「俺は、見たことないな……」

 それ以前に壁に掛けられていた額縁を外してまじまじと裏面を見つめることなどなかった。
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