Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―

 周りからは場違いに思われていた彼女の名は鏑木音鳴。世界で活躍するピアニスト、鏑木壮太の娘である。それだけで一目置かれていた彼女だったが、俺はそんな彼女が奏でる腐った音に嫌気がさしていた。技巧は優れていても、感情が追いついていない。ちぐはぐな彼女の演奏に噛みつけば、返ってきたのは怒りではなく、消沈した言葉だった。その憂えた表情に、俺はときめいていた。意識していた彼女が、こんな顔をするなんて……

 彼女を元気づけたくて、ライブハウスに連れていけば、仁についに春が来たかと誤解されたが、気にしないで演奏を見せた。レイヴンクロウ、ワタリガラスの音楽。父親なんか気にするなと励まそうとして失敗した俺だったが、彼女は俺を意識してくれた。
 そして誤解がとけた俺たちはピアノ室でキスをした。はにかんだ表情で彼女は「はじめて」と呟いて俺の理性を無意識に試させた。もしこれが自分の部屋だったら押し倒していたかもしれない。

 シューベルトのグラン・デュオを弾きながらふたりで過ごした日々はいまも俺の心の片隅にずっと残っている。別れの際に「シューベルトの妻になる」と言ってくれた彼女のことも。俺が彼女のシューベルトになろうと、心の奥で決意したことも。
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